神父たちのバカンス事情



プロローグ


 彼女は、空を見ていた。
 長い黒髪がそよ風になびいている。遠目にもひと際目立つ、榛色の艶やかな眸。どこかエキゾチックなその容貌は、美しさよりも郷愁を感じさせる。そばを通り過ぎる人々が遠慮がちに彼女を振り向くのは、何も、黄色い花柄がプリントされた青地のマキシのワンピースに、まるでインドか中東の女性のように緑色のショールを巧みに肩に巻きつけた、独特な着こなしのためだけではない。
 そんな人々の視線にも気付かないふうで、彼女は空を見ていた。
 雲ひとつ浮かんでいない、青く晴れ渡った空。
 しかし………彼女の眸に映っているのは、本当にそれだけなのだろうか?
 ただぼんやりと空を眺めているにしては、その眼差しは、煽情的なほど悩ましげである。
 灰褐色のフォルクスワーゲンが目の前に停車した時も、彼女はすぐに空から視線を逸らそうとしなかった。
「セーラ………」
 彼女と車道を挟んだ真向かいのこの位置からでは、運転席に座る男の顔は見えない。しかし、助手席の扉を開けてやりながら発したその声は、ここまでもよく聞こえた。
 彼女も、ようやく夢から醒めたみたいにハッと眼差しを下げて、運転手に微笑んだ。これがまたたまらなく色っぽい微笑みだ。二言、三言何か言葉を交わすと、足もとに立ててあった小さなキャリーを後部座席に押し込めて、彼女自身は助手席に乗り込む。
 ドアが閉まると同時に、フォルクスワーゲンは滑るように走り出した。
 それを見送る者があることに、二人ともまるで気付かなかったようだ。
 さっき一瞬、耳に届いた男の声………間違いない。
 あれは、“彼”だ。
 ――――――予想どおりだな。
 一部始終を注視していた男は会心の笑みを浮かべて、自分の車のエンジンにキーを差し込んだ。




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