責苦の庭




「や……もう……やだって……」
 すでにあたしは、泣き声になっていた。
 おかしい。
 今のあたしなら、力で負けるはずがないのだ。
 それなのに、のしかかられたまま動けないでいる。
「やだ。放せって言ってるのに!」
「嫌なら力づくで逃げればよい。今のそなたならばできるであろう」
 優しい声がそう囁く。
 かすかな吐息がかかるだけで、もうあたしは全身が痺れたように動けない。
「で、きな……い……!」
 アスタロトの胸があたしの上で押しつぶされる。
 ずっしりとした質量があたしの上に乗っている。
 柔らかくて、なのに中心の二つの尖りだけが、妙に硬い。
 別にそんなものは、見慣れたものだ。
 サイズこそ違えども、あたしにだって胸くらいある。
 寒けりゃ固く尖ってくるのは当たり前だ。……ってこの状況でそうなっているのは、温度による生理現象でもなさそうなんだけど。
 彼……いや、彼女が動くと褐色の乳房と、さらに濃い色をしたその先端が大げさに揺れる。

 ホントにすごいわ。この胸。
 胸だけじゃない。蜂みたいなくびれたウエストに、きゅっと盛り上がったお尻とかっていったら、もう生きた芸術品みたいだ。
 芸術品にしては、エロい……エロすぎるボディ。ほとんど犯罪だ。
 のんきに感心している場合ではなかった。
 アスタロトは、遠慮会釈もなくあたしの身体の上にうつぶせにのったまま、少しずつ下へと移動していく。
 ほぼ犯罪といえる肉体は、ちょうど、あたしの頭のあるほうに彼女の腰がきている。
 なんなの。この状態。
 たわわな……って、こんな時に使う表現じゃないのかしら。本来は果物が実ってる感じなんだろうけど、まさに後ろから見ていると、大きな乳房が重力に従って洋梨みたいにたゆんと揺れている。
 カンペキな形と弾力……。
 整形かとさえ思ってしまうけど、そんなはずないのは、あたしがよく知っている。
 すでに何度も触っちゃってるおなじみの感触は、シリコンなんて入ってるはずないのだ。
 もとより、悪魔は整形なんてしない。
 でも、そんなことを考えているだけの余裕もなくなってきた。
 息が上がってしまって、身体の中心が熱い。
 もうけっこう辛い状況なんだけど……。それでも、ギリギリのところで踏ん張っているのは、もう意地でしかない。



「だから、もう……ダメなんだってば……」
 ちょっとばかりかすれた低い……男みたいな声が我ながら泣きなくなるほど、みっともない。
 いや、すでに涙どころか、鼻水であたしの顔は、ぐっしゃぐしゃになっていたに違いなかった。
 だけど、今は、この状況から一秒でも早くなんとかなりたい。逃げ出したい気持ちがあたしを追いつめる。
 必死で両足に力を込めて抵抗するが、膝を閉じられないようにアスタロトは、大腿の間に肘を入れて押し開いてしまう。恐るべき悪魔の馬鹿力……。
「何が、ダメなのか。ほうれ、このように……」
 アスタロトの指先が扇情的に動いてあたしは、背をのけぞらせた。
 さすがは、元“美と快楽の女神”……人間の官能のツボをついてくるじゃないか!
 熱い……自分の中でどくどくと脈打つ感覚が怖い。眼を瞑って唇を噛みしめる。
 心臓の鼓動が早くなる。力が入らないのに、腰だけが物欲しげに動く。
 自分の身体じゃないみたいだ。
 だめ……助けて……。

 悲鳴をあげたいほどの、狂おしい感覚に必死に唇を噛む。
 このまま流されてたまるか。
 そう思うのに自分の意思とは裏腹に、とんでもない声が口から洩れる。
 これは、拷問だ。
 耐え切れないほどの苦しみが身を苛む。
 人の苦しさは、痛みだけではないのだと、初めて知らされた。

 堪えようと唇を噛むと、さらなる刺激が下腹部を直撃した。
 自分の中に沸き起こる凄まじいほどの興奮をどうすればいいのか判らない。
「ひっう、あぅ……んあぁっ!!」
「どうした。言えぬのか?」
 アスタロトは、完全に面白がっている。まるで意のままに操れる玩具を手に入れた子供のようだ。
 このままじゃ……。いろいろヤバいことになってしまう。
 奇妙に冷静な自分と、翻弄されたまま流されてしまえばいいと思っている自分と、まったく違う二人のあたしがせめぎあっている。
 でも、それも時間の問題かもしれない。
 だんだんと、頭の中が白くなっていく。



「ならば、わしの好きなようにさせてもらうだけじゃ」
 その言葉の直後にあたしは、温かい感触に包まれた。
「んぅふ……くあっ!」
 鼻を鳴らすような、情けない声がでた。
 アスタロトは、何のためらいもなく、あたし自身を口に含んだから。
 舌が絡みつき、ちゅるっと粘った音がした。そうしながら、茎の部分を擦りあげる。
 吸引されているその感触に腰が跳ね上がった。だが、上からのしかかられているので逃げられない。
「や……やだ! しちゃダメだってば! やっ、アスタロト!!」
「だめでは、なひ……」
 男の姿のときには、ありえない女声でアスタロトは答える。
 語尾が怪しいのは咥えたままで喋ったせいだ。
 馬鹿! この大馬鹿が!!!
 馬鹿悪魔がっ!!

「止め……らっ!!!」
 言いかけて、あたしまで声がひっくり返った。
 もう、痛いんだか気持ちいいんだか判らない。
 吸い出されて、じわじわとお漏らしでもしているかのような感触。
 にちゅっ、ちゅる……。口淫されて恐ろしく恥ずかしい音が暗い室内に響く。
 なんという恥ずかしさ。
 本気で、死にたい。
 頭では拒んでいるのに、いやなはずなのに。


「や、やめ……らめぇ……!」
 舌がもつれて、中心が麻痺したようにジンジンと痺れてくる。狂おしい緊張が高まり脈打つ。
 先端を咥えていた唇が、一瞬離れた。

 ――どうして?

 あんなに止めて欲しいと口では言っていたのに、いざ放されるとたまらない。頭が変になりそうなほど、つらい。切なすぎて……。
 もうそこまで高みは見えているのに、たどりつけないもどかしさが苦しい。
 中途半端な状態で投げ出されてしまって、勝手な話だけど裏切られたような気分になってしまう。
「あ……あ……あぁ……」
 意味のない言葉が口から洩れ、舌がこわばる。
 沸騰した熱情がその出口を求めて荒れ狂うようだ。身体の震えが止まらない。

「いきたいか」
 アスタロトが、蕩けるような甘い声で囁く。
 もはや、拒否などできなかった。
 うんうんと何度もうなずいた。今のあたしに矜持なんて残っていない。どんな恥知らずなことでも構わない……今は、ただ行き場のないこの昂ぶりを……吐き出す場所が欲しかった。
 再びアスタロトは、自分の喉深くまで呑み込む。
 柔らかく包み込まれる温かい感触。
 焦らしながら、少しずつ動きを早めていく。
 瞼の裏に白い閃光が散るのが見えた。



 終わった……あたしの人生。

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