「嘘をつけ」
「はひっ?」
 びくんと背が伸びた。
「店に予約が入っていたぞ。お前たちが来るのは先刻承知だ」
「だ、だって、だって、織部くんだって」
 しっかりしろ。わたし……ペンギンは“世界でもっとも過酷な子育てをする鳥”なんだ。白クマにいたっては、クマの中で最も肉食性が強いんだぞ。ちょっと年下の彼に睨まれたくらいで怯むな。

「他の女の子にかしずいてお世話してたんじゃない。わ、わたし以外の女の子に……」
 わたし以外……。
 あれ、今の自分の言葉で、自分が傷ついた。
 あそこって、隣に座ったらほぼホストクラブみたいなんだ。織部くんの執事姿があんまり格好よかったから、忘れてたけど。
 織部くんの執事に萌えてる場合じゃなかったのよ。
「コーヒーにミルクを入れてかき混ぜたり、お料理にふーふーして冷まして食べさせたり、お客が帰る時には“行ってらっしゃいませ、お嬢様”なんて言ったりしてたんだ」
 そうだよ。この人だってわたし以外の女の子の膝にナフキンかけたり、トイレまで案内したり、別料金でおしゃべりしたりゲームなんてことまで。
「“金毘羅ふねふね”とか“野球拳”とか“とらとら”なんて、やってたんだ」
「……それ、もしかして祇園のお茶屋遊びか。俺は舞妓や芸妓じゃないぞ」
 ものすごく冷静に織部くんがツッコミ入れるけど、今のわたしはそれどころではなかった。
 妄想が突っ走りすぎて、わたしの中でどんどん大きくなっていく。
 お店の男の子にハグとかしちゃってる人も見た。
 まさか、織部くんが誰か他の女の人とそんなことしてたら……いや、いやいやいやいや、絶対にいや!
 どうして人間って考えたくないことほど、考えてしまうんだろう。
 目の前にいる織部くんが、だんだん遠くになってしまいそうで泣きたくなってきた。
 ダメだ。鼻の奥がつんと熱くなって、本当に涙出てきた。泣くな。わたし!
 ここは、大事な話し合いの場だ。泣いちゃ、話にならない。
「何よ。ゲームしてたことには、否定しないのれ」
 しまった。また噛んだ。
 織部くんがちょっと呆れた顔してる。……もっともあんまり表情が変わらないので、そんな気がするだけなんだけど。
「そ、それじゃやっぱり他の女の子の前で、“野球拳”とかしたんだ。じゃんけんで負けるたびに一枚一枚脱いでた……んら」
 涙をこらえていると、その水分が鼻の方へ抜けてくる。
 怒っているはずなのに、だんだん間抜けな鼻声になってしまう。おちつけ、わたし!
「どこから、脱衣ゲームになったんだ。中途半端な知識ばっかり持ちやがって、お茶屋遊びなら負けたら罰杯だ。負けたほうが酒を飲むんであって脱衣はしない」
「未成年だから呑め、ないくしぇ、に!!」
「飲んでなければ、脱ぎもしていない。この馬鹿が」
「どうせ、馬鹿れす! わたしなんて貴方から見たら脳みそないのよ。ペンギンなのよ。よくって、クマムシなんら」
「ペンギンにクマ……虫?」
 織部くんは眉間に皺を寄せて、こちらを見下ろした。
 年下の織部くんより、遥かに頭の悪い発想しか浮かばない自分がなさけない。
 相も変わらず表情は変わらない。見ているだけで怒りとも、悲しいとも自分でも収集のつかないもやもやとした気持ち胸の奥から込み上げてきた。
 そんな難しい顔したって、やっぱりカッコいいじゃないですか。
 どうせ、一般人のわたしとはつり合いがとれません。あなたが王子さまなら、わたしはド庶民です。
 そばにあったティッシュを勝手に失敬して、思いっ切り鼻をかんでやった。
 もう散々恥ずかしいところを見せてきたんだ。



「どうせ、そうですよ。わたしの頭なんて、釘の打てるバナナほどの値打ちもないのよ」
「いや、バナナで釘は打てないだろうが、どこからそんな話になったんだ」
「いいもん。どうせ、陰獣だもん」
「インジュウってなんだ。また、くだらない本でも読んだのか」
「読んでないわよ。伊万里みたいな趣味はないんだから、BLなんて興味ないんだから」
「BLってなんだ。変に略すな」
「ぼ、ぼ、ぼーいずらぶ」
「ボーイズラブ? なんだ。それは」
「…………しょ、少年野球の、チーム名……!」
 余計なことを言ってしまった。
 とっさにごまかしたつもりだが、話が変な方向へきたぞ。
 状況としては、逆ギレしていたはずなのに、妙に冷静な彼のペースにはめられてしまっているような気がする。

「嘘だろう」
 珍しく織部くんがにっこりと微笑んだ。
 ぞわっと、背中に悪寒が走った。
 どうしよう。どこかで地雷を踏んだのかもしれない。
 膝がぶつかりそうなほど、織部くんが近づいてくる。こちらは椅子に座ったままだから後ろに下がることもできない。背後は机だ。
 いきなり腕をつかまれたかと思うと、強引に椅子から立ち上がらされた。
 そのままベッドの上に放りだされて、ヘッドボードに頭を強打してしまう。
 なんかすごい音がした。かなり痛い。痛くて泣く。
「痛いじゃない。パーになったら、どうしてくれるのよ!」
 ぶつけた頂頭部を押さえた。頭の中がガンガンする。
 返事もしないで織部くんは、わたしのウエストをつかむと、うつぶせにしたまま膝の上にのせた。
 なんだ、この状況。

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