殿下のおしおきでございます。




 店の裏口は、地下の駐車場に通じている。
 わたしは、織部くんに抱き上げられたまま、黒塗りのやたらと大きな車の前にいた。
 正確には、抱き上げられているというよりは、米俵みたいにかつぎ上げられている。
 胃のあたりが圧迫されて、けっこう苦しい。
 織部くんは背が高いから、その肩にかつぎ上げられるとけっこうな高さがあるのだ。おまけに自分の全体重が、織部くんの肩に乗っているのだと思うと、申し訳ないのと恥ずかしい気持ちがせめぎ合っている。
 だいいち人目も気になる。
 お店の中では、すごい騒ぎだった。
 女の子たちの悲鳴というか、怒鳴り声で耳がジンジンしている。
 金切り声の中には呪詛の声もあった。当然、わたしへのバッシングだ。

 本当に怖かった。
 ものすごい眼で睨まれたし、身元が割れたら職場や家までやってきて、袋叩きになりかねない。
 でも、怖かった気持ちと、裏腹に少しだけ嬉しい気持ちもあった。
 そんなこと思っちゃいけないのは判っているんだけど、こんなに女の子たちから騒がれるほどステキな人がわたしの恋人だなんて、嘘みたい。
 いけないと思いつつも、どうしても顔がにやけてしまう。
 本当にわたしは夢を見ているのかもしれない。こんなことが現実のはずがないのだから……。



 織部くんは、わたしにとって麻薬みたいな存在だ。
 クスリは夢心地にしてくれるが、切れると禁断症状で苦しい。地獄と天国を行ったり来たりしながら最後には廃人になってしまう。
 それが判っていながら、なお止めることができない。
 見つかれば罰を与えられる。
 相手が高校生だというだけで、きっと許されない。
 世間から見れば、ショタコンだとか、異常だとか……もしかしたら、裁判所へ訴えられるかもしれない。
 彼の手に触れられること。
 低い声で囁かれること。
 ただ、もうそれだけで何もかも捨てていいと思ってしまう。
 気分は、完全にヒロインだ。
 以前に伊万里に借りた乙女ゲーには、ハマらなかったんだけど、この状況にはのめりこんじゃっている自分がいる。
 恋愛に依存してしまう……って、ダメだ。



 車のドアを開けると彼は、わたしを助手席に降ろした。
「足をひっこめろよ」
 織部くんはドアを閉めて、運転席側へ回る。
 その手回しのよさに茫然としていると織部くんは、運転席から手を伸ばしてシートベルトをつけてくれる。
 当然のように車のキーを差し込む。
 あれ……。もしかして、織部くんが運転するの?

「お、織部くん……この車。えっと……免許は?」
「もう持ってる。車は借りた」
 そ、そうなんだ。
 持ってるっていつの間に免許取りに行ったんだろう。……ってちょっと待って、織部くん17歳じゃなかったっけ。
 わたしの疑問を挟む余地などなく織部くんは、初心者とは思えないほど滑らかに車をスタートさせた。
 ハンドルさばきも堂に入る……けど、まさか無免許?
 わたしが運転したほうがいいんじゃないの?
 でも、この車……やたらと大きくて国産じゃなかった。
 チラッと見た車のエンブレム。わたしでも知ってる。でも、まさか、高校生に貸したりするわけないよね?
 木目の内装に本皮のシート。あ、織部くんが座るときシートが勝手に動いた。音もほとんどしない。
 おまけに運転は、わたしより織部くんのほうがずっと上手だった。

「ど……どこに行くの」
「ホテル」
 無表情のまま織部くんは言う。
 一瞬、“ホテル”という単語が理解できずに、ぼんやりと聞き流していたのだが30秒くらいしてから、ようやく気がついた。
「ぅええっ!?」
「鈍いぞ」
 テンポの遅れたわたしの反応に、織部くんが真顔で答えた。
 せめて笑って欲しい。
 これでは、かえって自分のアホさ加減が身に沁みる。

「冗談だ。俺の部屋」
 前言撤回。“ショタ”は、当てはまらない。こんな子供がいるものか。
 また、おちょくられてる。手の上で転がされて遊ばれてる。
「…………また、からかってるんでしょ」
「からかってない。今度は本当だ」
「だって、織部くんの部屋って、学校の寮……」
「何か問題あるか」
 しれっと、織部くんは言う。
 彼の学校が有名なのは、超進学校というだけではなく、厳格なカトリック系の学校なのだ。
 校内には、裾の長い黒い僧服を着て胸に十字架を着けているブラザーがいる。
 以前に一度だけ、入ったことがあったが、いかにも良家の子息が通っていそうな上品な雰囲気だった。
 小学校から中学。高校と大学に至るまで一貫教育を行っており、今どき珍しい全寮制だ。
 年に一度の学園祭には、父兄までは入れるそうだが、宗教色が濃すぎてクリスチャン以外はほとんど踏み込めないらしい。

「大アリでしょ。どうやってわたしが、男子寮に入れるのよ」
 わたしがそう言っても、いたって落ち着いた様子で、織部くんは運転している。
 最近、免許をとったとは思えない。
 わたしだったら、いきなり急ブレーキしたりするようなところでも、織部くんの運転はスムーズだ。
 何をやらせても、そつなくこなす。こういうタイプの人間がたまにはいるらしいが、少しは恵まれない者にも分けて欲しい。
 神さまは不公平だ。

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