よく年上の彼女は、包容力があって男を甘やかしてくれる……などと聞くが、こいつはどうなのだろう。
 子供の部分と、妙に大人の女の部分がマーブル模様のように入り混じっていた。
 小さな子供みたいな顔をしているかと思えば、驚くほど色っぽい表情を見せる。そのどちらも間違いなく優衣であって俺は、こいつに翻弄されっぱなしだ。

 背伸びをするようにして、しがみついてきた彼女の背中を抱いて支えてやる。
 こいつの身体は、なんて小さくて柔らかいんだろう。
 あたたかくて、シャンプーの甘い香りがする。
 抱き合っているだけで、こんなにも幸せな気持ちになるのは、俺の脳が女性化しているのか。
 まるで恋する乙女みたいで、自分でも笑ってしまう。
 中途半端に刺激された欲を吐き出すこともできないまま、それなのに俺はこうしているだけで満足している……わけではないが、なんとか耐えきれる。
 この克己心は、我ながらたいしたものだと思う。

「わ、わたしも……織部くんが……りょ、稜が、す、……好き」
 不安定な体勢でしがみついたまま、優衣が俺の耳もとでそう囁いた。
 恥ずかしそうな声音に、ぞくっと全身の産毛が逆立つような気がする。
「ほ……、本当は……ね。ちっともいや……じゃ、なかったの。すごく……気持ちよくって……だから、……あの」
 途切れ途切れに聞こえる彼女の声が震えている。
「……もっとして……欲しいって思った」
 今、俺が聴いているのは自分に都合のいい幻聴なのか。
 ゆっくりと息を吐き出し、できるだけ冷静を装って俺は言った。
「さっきみたいなのが、いいのか?」
「ち、違う!」
 即答か。それじゃ、なんだ?
 混乱しそうになって、俺は優衣を見ようと首を傾けたが、すかさず彼女は俺の胸に顔を埋めて隠す。いつもなら俺が抱き寄せると、化粧品がつくだのなんだのと言うくせに。
「こ、こんなとこじゃ、やだよ」
 場所のことか。
「他の人に見られるのも……いや」
 見せるわけがないだろう。優衣は俺だけのものだ。見たやつは目をつぶしてやる。濃硫酸でな。
 俺は優衣のいっそう身体を抱きしめた。
 爪先立っている彼女がちょっと苦しそうだった。それなら放してやればいいのだが、もう少しだけでいい。こうしていたい。

「りょ、……稜にだけなら……」
 少し間を置いて、また彼女がぽそぽそと言った。
 聴き取るのが、俺でも難しいほどか細く震える声が耳もとで囁かれる。
 彼女の髪を撫でながら、次の言葉を待つ。
「……見て欲しい……わ、わたしの……全部……」

 やっぱり幻聴か?
 膝からガクッと力が抜けそうになった。
 それでいながら、身体の一部分だけがいっそうこわばってくる。
 思わず優衣を抱く手に力がこもった。
「あ……」
 かすかに洩らす声がやけに扇情的で、脳に血流が集まっていく。いや別のところにも……。
 ようやく、わずかながらも落ち着いてきたはずの俺自身が、そうではなくなってくる。
 戻って来い。俺の乙女心!!!
 いや、男にそんなものは存在しない。だからこそ、こんな痛い思いをするはめになる。
 辛いのを通り越すと、本気で痛いわ。この馬鹿。
 ここは駄目だ、いやだと言いながら、なぜそうやって煽るか。優衣!!!
 わざとか。お前、わざとやっているのか。…………違うよな。
 それだけは、鈍い俺でも判る。こいつに自覚はない。
 無自覚にエロい。
 普段のこいつをよく知っているから、そのギャップに萌え……いや、そんな場合か。
 思わず、優衣を抱いた手とは反対の拳で目の前にあるコンクリートブロックの塀を打ちつける。
 ガッツと鈍い音がして、壁にヒビが入った。
 大きく凹みができている。これ本当にコンクリートだったのか。
 脆すぎるだろう。どんな素人工事だ。
 とりあえず、優衣をつれてその場から離れる。壁が崩れたら彼女がケガをするかもしれない。
「あ、あ……っ、手、手! お、織部くん!!」
 俺のしでかしたことに、優衣があせっている。
 また苗字呼びに変わっていた。
 おたおたする彼女の腕をつかんで逃げた。本当は米俵みたいに抱き上げようかと思ったが、下着のない今の状態では理性が持たない。

 何やってるんだ。俺……。
 自己嫌悪に陥りそうになるものの、そうでもしないとこの場で彼女を押し倒しそうだった。
 ゆっくりと深呼吸をして、円周率を唱える。さっきはどこまでいったか。
 まったくもって今の自分が信じられない。
 こいつと出逢うまで俺は、コミュ障だったんだからな。周囲はたんに無口だと思っていたらしいが、他人と関係を作りたくないと思っているあたり、自分でもかなり異常だな……とは気がついていた。

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