わたしの両親は、もうすっかり織部くんのことを気に入ってしまった。
 彼を、食事に誘ってみると非常に喜ぶ。
 一人っ子で娘のわたししかいないせいか親は、織部くんを息子みたいに思っているらしい。
 何よりわたしの恩人だ。
 無口でほとんど何も喋らずに黙って食べるけど彼は、とても行儀がよくて、わたしの方が恥ずかしくなるときもあった。
 箸の上げ下げは完璧だし、尾頭付きの魚も奇麗に食べる。彼は、お祖父ちゃん子なのだそうだ。小さいころから厳しく躾けられてきたと言っていた。
 そのせいか、高校生のくせに織部くんは美食家だ。
 食道楽な我が家の食卓には、けっこう珍しいものが並ぶ。
 両親から言わせると貧乏舌なわたしは、親と食べ物の好みがまったく合わない。
 フォアグラは脂っこくて、あのねっとりとした舌ざわりがいや。珍味と言われるカラスミもキャビアも、お酒を嗜まないわたしにはそれほど魅力がなった。
 トリュフもあの臭いがダメ。チョコのトリュフなら好きなんだけど。
 鯨の尾の身だって、捕鯨禁止されてるのをわざわざ食べるほどの価値があるのか判らない。
 織部くんはどんな料理を出されても、わたしと違って物怖じしたりしないから、両親は大喜びなのだ。そんなところでも育ちの良さがでるものらしい。



 特に父は、食後の囲碁が楽しそう。
 本当はわたしのほうがもっと、織部くんとお話したいのに……。
 父の囲碁なんかまったく興味なかったけど、織部くんが碁を打っている姿はとても好き。
 彼が二本の指を弓にそらして石を運ぶ。あの白い石になりたいくらい。
 だって……そうしたら、ずっと彼のそばにいられる……なんて、我ながら馬鹿な妄想。
 絶対に恋人にはなれないから、そんなことばっかり考えている。
 そんなことばっかり考えるのは、ちょっと寂しいけど彼の顔を見られるのが嬉しい。
 やっぱり、お父さんやお母さんにも感謝しなきゃ。
 寮住まいの織部くんは、お母さんの料理やお父さんとの囲碁につられてうちにきてくれるんだから。
 このままずっと、うちに遊びにきてくれたらいいのにな。





 夕食でお酒を飲んでしまった父に代わって、わたしが車で彼を送ることになった。
 最近、免許をとったばかりで少し緊張する。
 助手席に織部くんが座ると、まるで教官がいるみたい。
「あれ? エンジンがかからない」
「志野さん。キーがかかってない」
 高校生に冷静に突っ込まれて、わたしは力なく笑う。
 酔いも覚めそうな父と不安げな母に比べ、織部くんは表情ひとつかえない。

 織部くんの学校までは、およそ50分。初心者でも大丈夫な距離。
 なんとかわたしは、車をスタートさせてトロトロと走り出す。
 運転に集中するあまり無言でいると、珍しく彼のほうから話し掛けてきた。
「志野さん。話があるんだ。車を停めてくれないか」
「うん、ちょっと待ってね」
 わたしは車を路肩に寄せる。
 それを見て織部くんはすぐに、他の車の迷惑になるからきちんと駐車できるところを探せと言う。
 ほんとにカタイ……。



 わたしは、思い切って景色のよい高台に出てみることにした。
 前にも友達と来たことがあるから、慣れないわたしでもたぶん大丈夫。
 いつか恋人同士で来たいね、と彼氏イナイ歴を着実に更新していく友達と嘆いていたものだ。
 別にわたしは、織部くんを口説こうとかなんて、絶対思ってないわけで……。って、ほんのちょっぴりぐらいは下心もあったりしたかも……。いやいや、やっぱり無理。無理無理無理。
 わたしなんかより、一枚も二枚も上手をいく高校生を相手にそんなの無理です。

 車から降りるとわたしは、織部くんの隣に立つ。
 年齢差も大きいが、伸長差もそれ以上に大きいかも。わたしの頭は彼の胸あたりだ。
 背が高いからって、わけじゃないけど……彼は確固たる自信を、もって生きているように見える。
 だから、いつも堂々としているのかもしれない。高校生とは思えないほど、しっかりしているもの。
 織部くんは、わたしの持っていないすべてを持っている。
 ただ、ダラダラと学生時代を過ごしてきたわたしと違って、一日一日を大切に積み重ねているのだ。
 そんな彼の横顔にわたしは、うっとりと見つめた。きっと今のわたしは、とんでもなく締まりのない顔をしているに違いないだろう。
 もう一度、わたしが高校時代を生きなおしたとしても、織部くんのようにはなれない。

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