「マスター。あの二人の関係なんだと思います?」
 黒いトレーに乗せた生豆をよりわける手を止めてウエイターが、ぼそっと呟く。
 焙煎する前の生豆から、質の悪い豆をはじくことをハンドピックというのだが、これがなかなかに面倒な仕事なのだ。
 ついつい余所事に気を取られてしまう。
「口より手を動かせよ」
 そう言いながらも、店の主人もその二人のことは、以前から気になっていた。



 手回しのロースターを使って焙煎していたマスターが、うっそりと顔をあげる。
 午後の混雑もピークを過ぎたころ、ふっと客足が途絶える時間だ。
 コーヒー専門で、ランチもやっていない。
 薄暗い店内には、窓辺の席だけが埋まっている。
 背の高い男と、小柄な女。どちらも若い。二十歳前後に見えた。
 最近よく来るふたり連れだ。ただ、あまり喋ることもなくいつも黙って向かい合っている。
 男はゆったりと足を組んで女を見下ろしているが、女のほうはうつむいたまま、もじもじとスカートの裾をつまんでいる。まるで面接官と採用試験を受けにきた女子学生だ。
 付き合い始めたばかりの初々しいカップルには見えない。

 男のほうは無表情だが、女子学生は愛想がいい。店を出るときには、必ずごちそうさまと言うのだ。
 定食屋ならともかく、こんな喫茶店でわざわざそんなことを言う客は珍しい。
 初めて店に来たときにコーヒーが飲めなくて、困っている様子だったのでカフェオレを勧めたのだが、だんだんそのミルクの割合が多くなって、今ではただのホットミルクになった。
 幼い感じもするが、人と話すときはきちんと大人の応対のできる子のようだ。口の利き方を知らない女子高生が多いのに今どき珍しい。

「カップルでは、ナイですよね?」
 ウエイターが作業を再開しながら言ったが、じつのところマスターにもあの二人の関係が判らない。
 思ったままの印象を小声で答えた。
「そうだな……ハムスターがキングギドラに睨まれて動けなくなったみたいだろ」
「なんですか。その組み合わせは」
 ウェイターが、声とともに体勢を低くして言った。
「それも言うなら、蛇に睨まれた蛙でしょ?」
「いや。蛇というにはデカい」
 マスターもそれにあわせて小声になる。
「それなら、キングキドラより、キングコングとジェーン?」
「いや……違う。あの子はジェーンよりハムスターだ」
「そこ、こだわるところですか?」
 ウェイターは、ますます身体を低くした。すでにカウンターに顔をくっつけている。
 マスターとしては、客の噂話など、褒められた行為ではない。特にこんなコダワリの強い店だから、客層も限られている。
 まして、まだ店内にいる客だ。席こそ離れていて、こちらの話が聞こえるはずもないが、あの二人に関しては、どうにも気になる。
 ことにあの子……マスターから見れば、娘ぐらいだろうか。
 小柄であどけないふうだから、ごついあの彼氏の前だとよけいに小さく見えてしまう。

「あの兄さん。でか過ぎるだろうが」
「確かにそうですけど……キングギドラってどこから出たんですか」
「なんか派手な顔してるだろ。芸能人の誰かに似てるな」
 誰かは、思い出せない。流行りのハーフやらクォーターの俳優だったか。
 あの男も日本人っぽくない顔立ちをしている。光の加減で目の色も変わって見えた。
 奇麗な顔立ちだが、いかんせん目つきが悪い。救いようがないほど陰気な雰囲気を全身から醸し出しているのだ。

「さあ……。でも、彼氏のほうが奇麗な顔してますけどね」
「それより本当にあのふたり付き合ってんのか。カップルにしちゃ、やけにぎこちないぞ」
「今どきの高校生でも、もうちょっとなんていうか……自然ですよね」
「そうだよな」
 珈琲豆が焼けていく感触を手に感じながらマスターは、ロースターをゆっくり回す。
 女子学生のカップが空になるころ、あの二人は出ていく。
 会計を済ませる男の後ろで、小柄な女子学生がひょこっと顔を出して、カウンターのマスターににっこりほほ笑んだ。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございます」
 つり込まれるようにして、笑ってしまうと、男が急いで彼女の肩を抱き寄せた。
 いつもなら支払を済ませると、彼女のためにドアを開けてさっさと出て行く。それが一度、立ち止まってカウンターにいるマスターを見据えた。切れ上がった眦が、凄味を増している。
 背筋が凍りつきそうなほどの冷たい目つきだ。
 実際に、気温が下がったような気がした。キングキドラというより雪男イエティか。

 常にはない彼氏の行動に、彼女がちょっと驚いたふうに顔を見上げている。
 わずかに抵抗らしいしぐさを見せたが、それでも女子学生は、男に甘えるようにして歩き出した。
 なんだ。やはり恋人だったのか。
 一瞬、援助交際という言葉が頭をかすめたが、取り越し苦労だったようだ。
 ほっと息をつくと、ウエイターがレジスターを閉める音がした。

「マスター。あのキングギドラの彼氏、マスターのこと睨んでましたよ」
「俺たちの話が聞こえたのか」
 もしそうなら、あの男の聴覚は、動物並みだ。
「まさか」
 ウエイターが苦笑いをする。
 あの男が去った後はいつまでも、室温が低いままだった。
 ロースターを回す手がかじかむような気がして、その馬鹿馬鹿しさにマスターは一人で笑った。焙煎したてのコーヒーの香りは格別なものだ。





inserted by FC2 system