「今のほうがもっと奇麗だよ。ほら……」
 背後で迦陵が囁く。耳もとに息を吹き込むようにして、両手を伸ばす。右で乳房を、左で擦り合わせた足の付け根に差し入れてきた。
 その手は、大きな骨ばった男の手だ。小さな子供ころの迦陵とは違う。
 肌が粟立つ。いいようもない嫌悪感。
 振り払おうにも、弟妹たちの力は尋常ではなかった。身動きもできない。
 せめてもの抵抗に内腿を擦り合わせるが、そんなことで彼らの手をはばむことなどできない。

「前よりずっといい。それに杏珠は、もう不感症じゃないよ。ほら……こんなに甘い女の匂いがする」
 杏珠は、ぞっとして身体を強張らせた。
 もはや、これは弟ではない。すでに彼らは家族ではなくなったのだ。
 杏珠がどんなに家族という形にすがりついても、彼らには、そんなものは余計なモノでしかない。



「造り変えられてしまったことで、どうなるかと思ったけどね。今なら“主”の考えが、俺にも理解できるさ」
 耳もとで、迦陵が囁く。
 熱い吐息が耳朶から首筋にかかる。ぞわっとした感触に身を竦めた。
“造り変えられた”?
“主の考え”?
 何を言っているの?
 弟妹たちは、自分の知らない何かを知っていて、杏珠の頭越しにその話をしている。
 知らないのは自分だけで、周囲は知っているというのか。
 たまらない焦燥感。苛立ちが全身を這いまわる。
 なぜ、あたしだけが!

「わたしは、理解できないわ。あれこそ完全な姿だった。どうせ中身は空っぽなんだから、器ぐらいはきちんとしたものであってほしかったのに」
 衣蕗は低い声で言う。
 空っぽの中身とは器とは、なんのことなのか。
 自分だけが部外者だ。まるで、ふたりの言う意味が判らない。
 いつかも、同じことを思ったことがある。
 まるで、マジックミラーの向こうとこちらのようだと……。
 明るい側からは鏡に見えるが、暗い側からは向こうが見えている。
 こちらから見えるのは、ただの鏡だ。どんなに眼をこらしても自分の姿しか映らない。

「本当に馬鹿ねぇ……」
 衣蕗は、目を細めて杏珠の腹へ手を伸ばす。
「空っぽのお頭に、背骨のない身体。使えるのは子宮だけなのね」
 日に当たらない真っ白な腹部を、妹の指先がかすめる。
 冷たい感触。
 ゆっくりと指を広げながら、撫で上げる。
 振りほどきたいのに、避ける気力さえ湧いてこない。頭がぼんやりしてきた。
 こめかみに向かって、ざわざわと血の流れる音が耳触りなほどうるさい。
「ああ、いっそここから手を入れて、そのご立派な子宮を取り出して、ぐちゃぐちゃにしてあげたいわ」
 そういえば衣蕗は、よく深夜にスプラッターホラーを観ていた。
 頭の片隅でそんなことを考えていると、冷たい手が臍のあたりから下へと降りて、下腹部の陰りに指を絡めるように触る。
「いっ、いや!」
「大丈夫よ。杏珠ちゃんの大事なところは、誰も触れられないの。本当は触れちゃいけないのよ」
「つっ、あ!」
 衣蕗は、絡めた柔毛を引き抜く。ぴりっとした痛み。
「いい加減にしろよ。衣蕗。……本気で子宮に手を突っ込む気じゃないだろうな」
 冗談を迦陵が言ってるつもりなのか。いや、本気で言うのかもしれない。
「そうね。杏珠ちゃんのは、指一本入れてもぎゅぎゅう絞めつけてくるんだもの。女の手でも無理かも……」
 そう言いながら、衣蕗は自分の拳を見つめた。
 何を考えているんだ!?
 本気で子宮に手をつっこむつもりなのか。



「は、放して!」
「放せって? 俺が放したらどうするつもり? 他の男に抱かれるのか?」
 よく通る声が湯気のこもった浴室に響く。
 迦陵は、背後からとじ合わせた足の間に手を潜り込ませ、奥ではなく入口の部分をくつろげるように撫でる。
 ずちゅ、じゅちゅ……。
 粘った水音が自分の奥から聞こえる。
 快感からそうなっているのではない……そう思っても、むき出しにされて鋭敏になった肉芽に触れられると、背中がびくびくと震えた。
“オトコにダかれる”
 頭では理解できても、理性が追いつけない。
 まさか、弟にそんなことを言われるなんて思ってもみなかった。こめかみに血が逆流していく。
 怒りと絶望と、それから……わずかばかりの……。
 すべての感情がごちゃごちゃになって、頭が割れそうになっている。
「き、汚い言い方しないで! あ、あたしは!」
 あたしは……。
 何を言いたいんだろう。
 あたしが好きなのは、あの人だけだと、そんなことを言ってどうなるんだろう。
 あの人だって、もう、迦陵たちと変わらない。
 ただ、この身を玩具にしているだけだ。
 何が面白いの。どこにでもいるただの女だ。何の特技もない。今となっては仕事さえないのだ。
 人から褒められるようなことなど、何もない。
 そんなあたしから、得るものなどないはずなのに。

「キタナイ……って、おかしなこと言うのねぇ。そのキタナイことが大好きなんでしょ? 発情期のメス犬みたいに腰を振って、欲しがっているのに」
 正面からまっすぐに杏珠を見据えながら、衣蕗は言う。
「しない。そんなことしない!」
「嘘ばっかり。処女のくせに……こんなに淫乱だなんて」
 まだ血の滲んだ乳首を、衣蕗が指先で弾く。
「あくぅ!」
 杏珠は、噛まれた傷の痛みに涙目になった。
 そうでなくても、敏感な部分なのだ。
「衣蕗! 止せよ」
 背中から抱きかかえていた迦陵が、杏珠の身体を反転させて、正面から抱きすくめた。
 衣蕗には、背中を向ける形になり、迦陵は正面からすぐにでも挿入が可能になってしまう。
 危険を感じながらも、抵抗する力がだんだん弱くなってきているのが自分でも判る。
 湯気に当たっているうちに、のぼせて吐き気がしてきた。



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