胸に回された腕がさらに強く圧迫する。息が苦しいほどだ。それでもギリギリのラインで耐えているらしい。
 迦陵の心臓の音が、はっきりと伝わってくるほど、肌は密着していた。
 狭い浴室の中でも迦陵がその気になれば、いつでもそのまま行為に及ぶことができる。
 自身を硬くして、温かな先走りをこぼしているのが、はっきりと判った。
 硬く大きく反り返り、背後から伝わる心臓の音と呼応するように脈打っている。

敦武あつむが言ってたわ。杏珠ちゃんは不感症だって。でも、そう言うあいつ自身が、おそろしくヘタクソなのよ。びっくりしたわ。ホントに女慣れしてないんだものぉ」
 敦武――かつての恋人。結婚まで考えていた相手だった。
 パグによく似た愛嬌のある犬顔。優しいと思っていた人に、影でそんなことを言われていたなんて……。
 あまりのショックに、腹が立つよりも泣けてしまう。
 元カレに言われた言葉が悲しいのではない。自分の男を見る目のなさが情けなかった。



「でも、そのおかげで杏珠ちゃんの“ここ”は、無事だったんだわ」
 衣蕗は、躊躇することなく姉の足の間に手を差し入れた。
 最後に残されたのは、小さな布きれ一つだけだった。あわてて内腿に力を込める。衣蕗に容赦はない。
「いやっ、止めて、そんなとこ触らないで!」
「そんなトコって、どこかしらぁ……ちゃんと言わなきゃ分かんないわぁ」
 語尾を伸ばしながら衣蕗は、最後の一枚をゆっくりと脱がせにかかった。
 同性である妹に吐息がかかるほどの距離で視姦される恥ずかしさに杏珠は、目がくらんだ。
「やっ、いやぁ!!!」
 薄い茂みの上を衣蕗の手が這い回る。やがて、指がゆっくりと秘裂に伸びてゆく。
 ぐちゅん! と熟れた果実を握りつぶすような音がした。
 指先が秘裂をかき回すようにして、浅く出し入れをするたびに淫らな水音が響く。
「……くっ……はぅ!」
「いやって、言うわりにぬるぬるよぉ。なぁぜ?」
 秘裂の縁を撫で、花弁を押し開く。
 面白がるように衣蕗は、入口の部分を浅く潜り込ませながら、迦陵に散々、苛められたもっとも敏感な部分を避けるように撫でる。
「あっ、……あぅ……!」
「くふふっ、太ももまで溢れてる。そんなに期待してたのぉ?」
 衣蕗の言葉に杏珠は、夢中で首を横に振った。
 違う!
 言葉にならない思いを、唇を噛むことで必死に耐える。
 衣蕗は、柔らかな花弁を押し分けるようにして、さらに奥へ指を進めた。
「つぁ……あぁっ……!」
 妹に弄られる恥ずかしさと、繊細な指の動きに杏珠は、喘ぐような呼吸を繰り返す。
 決して快感を得たわけではないはずだ。それなのに痺れるような感覚が背筋から昇っていく。全身がぞくぞくっと粟立った。
 凌辱する手を迦陵が、つかみあげる。



「痛いわね。放してよ」
 衣蕗の声音が変わった。先ほどまでの甘ったれた口調ではない。
「放してほしいなら、これ以上、杏珠に触るな」
 まるで、敵同士のように迦陵は、鋭く言う。
 華奢に見えても男の力は強かった。
 片方の手では、杏珠の身体を拘束したままで迦陵は、衣蕗の腕を締め上げたらしい。
 眉根を寄せながら衣蕗は、恨めし気に迦陵を睨む。
「そんなこと言っていいの。杏珠の“処女”を確かめられたのは、わたしのおかげよ」
「よけいなことを言うな」
 浴室の濡れた床の上に迦陵は、衣蕗を放り出した。狭い浴室の中で衣蕗は、尻もちをつく。それでも眼だけで威嚇するようにこちらを睨みつける。
 衣蕗も迦陵も……まるで人が変わってしまったかのようだ。
 あの穏やかで静かな弟とは、まるで違う。
 こんなふうに乱暴に人を扱うようなことは、かつて一度もなかった。
 あんな眼をした妹を杏珠は、見たことがない。
 末っ子なせいか、甘えん坊だった。潤んだ黒目がちの眸で見つめられると、たいていのことは、衣蕗の言うままにされてしまう。
 前後を妹と弟に挟まれて、身動きもできないまま悲壮な思いで杏珠は、顔を上げる。
 眼が合うと衣蕗は、くふっふふ……と喉を鳴らして笑った。

「いいこと教えてアゲル。杏珠ってば、まだ処女なのよ」
「……う、嘘……何を……」
「嘘じゃないわ。敦武がヘタクソだから、途中で漏らしただけよ。最後までやってないのよ」
 杏珠の頭の中は、ぐるぐる回っている。
 何が真実で、嘘か……まるで判らない。
「何度か挑戦したらしいけど、やっぱり無理だったって言ってたわ。あいつは“アナナシの小町”だって、ずいぶんと古いクサい言い回しよね」
「黙れ。衣蕗」


 敦武。……まさか、そんなこと……。
 よりによって、妹に手を出しただけじゃなくて、そんなことまで……。
 ――嘘。
 頭の中が混乱している。
 もう、このまま泣いて泣きわめいて、消えてなくなってしまいたい。
 衣蕗と迦陵と……昔の男にまで、弄られていたなんて。ありえない。ひどすぎる。
 こんなこと現実なはずがない。



 だけど……。
 異常なのは、もしかしたら“イリア”じゃなくて“あたしのほう”だったの?
 初めてのことなんて、痛いのと緊張で何がなんだかよく覚えていない。
 緊張しすぎて、背中をつっぱらせていたせいだろうか。ひどく背中が痛かった。それしか覚えていない。
 もちろん足の間の違和感と痛みもあった。あれは、破瓜ではなかったのか。

 それとも、からかわれているだけ?
 衣蕗は、姉をからかって遊んでいるのかもしれない。
 今の理解しがたい状況の中で、杏珠は必死に考える。考える瞬間だけが、今の苦痛から逃れる手段だったから。

「ねぇ、知ってる“アナナシの小町”って意味?」
 ゆらりと立ち上がりながら衣蕗は、口角をあげる。
「小野小町のことよ。百人一首の歌人。言い寄ってくる男たちを、かたっぱしから袖にしたせいで」
 勿体をつけて衣蕗は、杏珠の様子を伺う。
 今の杏珠に逃げ場はない。突っ立ったまま背後から迦陵に押さえつけられている。
「小町のここの“孔”が閉じてたっていう後世の俗説よ。くふふふっ……男って、自分が下手なのを棚にあげて言うのよねぇ」
 ここ――と衣蕗が指したのは、下着を下ろされてむき出しになった恥丘だった。
 肉体的だけではなく、言葉でも弄っているのだ。
 そうは、思ったものの“女性器の欠陥”と露骨に言われたことに杏珠は、衝撃を受けていた。



 嘘だと思いながら、まさか、あたしが?……という疑念が拭いきれない。
 そういえば、“ナリソコナイ”という言葉を聞いたことがある。
 どこで……どこで聞いたんだろう。
 もう、何がなんだか、判らない。



 でも、敦武との行為は一度きりではなかったはずだった。
 なかなか慣れないことで、気持ちよさより苦痛のほうが大きいのは、誰でも最初はそうなんだと思っていた。
 彼が中で出さないのも、避妊のためではなかったのか。
 事後に感じたのは、身体の節々の痛み。気持ち悪さ。何かしらの感慨もあったのかもしれないが、今はもう思い出せない。
 よく“女は初めての男を忘れない”というがアレは、たぶん嘘だ。
 今、愛していることが重要であって、過去の行為についてはどこか遠いところで霞んで見える。
 性行為というのは、しょせん付属的なことだ。
 愛されているという歓びが、性的快楽に通じるのだと思っていた。

 でも……違う。そうでは、ないのかもしれない。
 イリアは、どう思っていたのだろう。
 本当に愛されていたのか。
 愛などなかったのかもしれない。
 認めたくない現実が、目の前にある。考え出すと、もう立っていることもできない。
 イリアが自分を見限ったのは、そんな理由があったからではないのか。



 だめ。考えるべきことは、そんなことではない。
 今は、この場から逃げることだけに集中しないと……。
 そう思っても、どうすればいいのか、考えられない。
 このまま弟や妹の嬲りものにされても、自分は何も感じないのだろうか。
 イリアがそうしたように……。
 まるで物を扱うみたいに、めちゃくちゃにされるだけの存在なのか。

 迦陵と衣蕗は、杏珠の身体を取り合っている。
 背後から抱く迦陵が、胸やうなじに唇を這わせ大腿に撫でまわしている。それを、衣蕗が高い声と、両手で制止しようとする。
 苛立つ迦陵は、低い声で恫喝していた。
 この二人も同じだ。
 愛などない。
 不完全な女の身体を欲しているに過ぎない。

 愛されている――そう思ったのは、あたしだけだ。
 この状況で、どうやって前に進めばいいというのだろう。
 どこにも行けない。目の前は真っ暗だ。



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