「衣蕗、助けて!」
 助けなどない……と思いつつも杏珠は、叫んでいた。
 もしかしたら、誤解しているだけなのかもしれない。
 決して合意の上で行為ではないのだと、杏珠は訴えたかった。
「衣蕗、衣蕗っ!!」
 必死でバスタブから出ようともがくが、迦陵の腕が大蛇のように身体に巻き付いて動けない。
「くっふふ……なぁに? 何を助けてほしいのかなぁ」
 衣蕗は、笑いながら、鬱血した皮膚の上を撫でまわした。円を描くようにして広げた掌で、乳房に触れ、指先で杏珠の乳首をつまむ。
「あうっ……!」
 ふいにぎりっと爪をたてられた。痛みと、絶望で涙が溢れる。
「痛い? でも、杏珠ちゃんは、痛いのが好きよね?」
「やっ、やだっ……止めて!」
 衣蕗の手を振りほどくこともできない。代わりに迦陵が妹の手を払う。
「よせ。衣蕗、お前は触るな」
 迦陵は、そう言って、独占欲を剥きだすにするかのようにいっそう強く締め上げてくる。
 男の荒い吐息。強い腕の力。押しつけられる固い怒張がさらなる恐怖を呼ぶ。
「放してよ。いやだってば、あんたこそ触らないでよ!」
 もがいて暴れるとバスタブの湯が跳ねあがる。めちゃくちゃに両手足をばたつかせた。水しぶきで周りが見えない。

「杏珠、暴れるなよ……衣蕗、押さえろ。足だ」
「さっき杏珠ちゃんに触るなって言ったじゃなぁい。もう!」
 不服そうに、それでも衣蕗は、迦陵に言われたとおり杏珠の足を上から押さえこんだ。
 迦陵は、腰と腕をしっかりとつかむ。もはや身動きもできない。
 たまらなくなって、うつむくと湯の中に、下半身を妹に、胸から腕を弟に押さえつけらえた裸の身体が目に入る。弟妹たちに指摘された身体中の鬱血。激しい情交の名残が見えた。
 背中のホックをはずされたブラも腕に引っかかっているだけで、もはや用をなさない。かろうじて残ったショーツも、クロッチ部分が捩れて情けないありさまとなっている。いっそ脱がされた方がましだった。



 あのとき……。
 暴力で、押さえこまれるようにして、イリアに抱かれた。
 恐ろしかった。イリアの腐り爛れたあの顔。美しいのにおぞましい。
 膿と血の臭い。
 傷つけられ、置き去りにされた。
 それでもよかったのかもしれない。
 わずかなりと、イリアの体温を感じることができた。冷たい彼の肌を温められたのだ。
 あのままイリアに縊り殺されたなら……どれほど幸せだっただろう。

 まるで身体を穿つように攻められロザリオを入れられたことよりも、首を絞められたことさえも、イリアならよかったのに……。
 あんな変質的な行為だって、イリアになら許せた。
 もし、連れて行ってくれるなら、地獄の底でも着いて行く。
 自分の想う気持ちの半分でもいい。もし、同じ想いを返してくれたなら、その何倍も愛したのに……。

 今は、もう現実が苦しい。





「あらぁ……杏珠ちゃんってば、こういうのが好きじゃなかったっけぇ?」
 目を細めて笑う衣蕗が、まるで知らない人に見える。
 後ろで自分を抱きかかえている迦陵も同じだ。
 悪寒が背筋を走る。
 怖い……怖い……タスケテ。
 ここは自分の生まれ育った家だというのに。
 凄まじいほどの孤独と恐怖がこみあげてくる。
 見知らぬ他人。自分の弟妹なのに……。
 それは、女としての理性的な恐怖をはるかに超えていた。

「震えてるの。だって、杏珠ちゃんは、こうされたかったんでしょ。無理やりが好きなのよね」
「だ、誰がそんな……」
「うふふっ、なあに? 違うって言うの」
 茶化すように、わざとらしく衣蕗は笑う。両手を伸ばして杏珠の頬に触れる。ぞっとするほど冷たい指先がゆっくりと頬を撫で、顎から喉をつかむ。
「何につけてもおとなしくて控えめで……。イイ子だったものね。だから、いつもわたしに譲ってくれたわ」
 濡れるのも構わず衣蕗は、顔を近づけてくる。
 甘い口紅の匂い。
 杏珠は、目の前が白く霞んでいくのを感じた。
「ねえ。わたしは欲しいの。杏珠ちゃんが。だから、今度もわたしに杏珠ちゃん自身をちょうだい。いいでしょ?」
 そう言いながら、杏珠の胸に頬ずりをした。
 濡れた衣蕗の髪が裸の乳房にまつわる。抵抗することさえ忘れて杏珠は、身をこわばらせていた。
 衣蕗は、ちゅっと音を立てながら胸への口づけを繰り返す。濃い口紅の色が杏珠の肌に散らばる。
 乳房をすくいあげるようにして片手で揉みしだきながら、先端を吸う。男のものとは違う濡れた小さな舌が乳首に絡みつく。
 胸を攻めながら、もう片方の手がショーツの中に潜り込んでくる。
「やっ、やだ!」
「嘘つきね。本当はイヤじゃないでしょ? もっと気持ちよくしてあげる」
 衣蕗のマニキュアをつけた指先が、閉じ合わせようとする大腿の付け根に深く押し入ってくる。抵抗しようと腰を引けば、背後には迦陵がいて、逃げ場がない。
「あっ、あ……や……いやっ!」
 我に返った杏珠は、陸に揚げらえた魚のように身をよじらせてもがく。
「いやっ、止めて!!!」

 ふいに迦陵が、遮るように杏珠の身体を引き寄せて立ち上った。
 まるで赤子のように杏珠の乳房に吸いついていた衣蕗の唇を無理やり引き離す。
 その瞬間、わざとか偶然か、硬く尖りきった先端に衣蕗の小さな歯が立てられる。
「ひぅっ!!」
 噛みつかれた痛みに杏珠の身体は、ビクビクと跳ねあがった。
 むりやり引き離されて、衣蕗が不機嫌な声を上げた。
「やぁん! 何すんのぉ。杏珠ちゃんだって、せっかく気持ちよくなってくれていたのに」
 衣蕗が離れると今度は、迦陵が唾液に濡れた乳房を揉みしだく。
 噛まれた乳首からは、血が滲んでいた。
 杏珠は、二人に交互に弄ばれる悔しさに、唇を噛んだ。

「何よぉ。独り占めするつもり」
 そう言いながら衣蕗は、もう片方の乳房をつかみ、傷のある先端を引きちぎらんばかりに、指先で捩じりあげた。
「あっ、あうっ!! や、止めて、痛い!」
 左右の乳房を弟妹に弄ばれ杏珠は、泣きながら身悶えした。
「止めろ。杏珠が痛がってるじゃないか」
「よくそんなことが言えたものねぇ……。わたしにだって権利はあるはずよ」
 大事な玩具を奪われたときのように衣蕗は、不満げに唇を突きだして見せた。
 子供のころから、ずっと見てきた妹のしぐさだ。
 でも、顔が違う。
 よく知っているはずのに、まったく別人のような妹の顔。
 ひどく大人びた……艶めいた成熟した女の残忍な色香が漂う口もと。
 媚を含んだ微笑がうっすらと浮かぶ。
「今までだって、ずっと譲ってくれたもの。敦武あつむのことだって、そうでしょ。でも、わたしは彼のコトはどうでもよかったの。杏珠ちゃんが欲しいの」
「お前だけじゃない。俺だってそうだった……ずっと昔から杏珠が欲しかったんだ」
 迦陵の声は、いっそう低くなっていた。



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