【一部、暴力的・グロテスクな描写があります】

 冷たい男の身体が、杏珠の体温を奪う。
 痛みは、だんだんと重く鈍くなる。両足の間が痺れたようだ。
 氷柱のように冷たいイリアの身体が徐々にぬくもりをもつようになる。
 そのことが、ひどく嬉しくて杏珠は、泣きながら笑いがこみあげてきた。
 神経のどこかが変になってしまったのかも……。
 これほど手荒に扱われているというのに、やはり嬉しい気持ちは本物だった。
 身を裂かれる痛みと生理的な恐怖。
 そして、歓びと幸せが杏珠の中で同じ位置にいる。

 死者のように冷たい彼の身体を、温めることができた。
 かつてイリアが、自分にしてくれたように。
 ヴァチカンで出逢った時のイリアの肌は、今と同じに冷たかった。
 あの日のイリアの肌の冷たさは、覚えている。
 だが、身も心も冷え切って凍えていたのは、杏珠のほうだ。
 愛されないから、愛することも怖かった。
 誰かに抱かれても、愛されている実感がない。
 しだいに身体は冷えて、心は凍えて歪んでしまう。
 愛している……その言葉の優しさに杏珠は、温められたのだ。
 身体ごと心まで抱きしめられて。

「なぜ、笑う」
 左の赤い眸に険しい光が宿る。
 涙と涎でぐしゃぐしゃになった顔のまま杏珠は、自分が笑っていたのを知った。
 どろりと濁った右の眼球さえも杏珠を見据えている。
 爛れた膿が、息を止めたくなるような腐臭をまき散らす。
 あれほど香気を放っていたナルドの香油は、もはや微かにも残ってはいない。

「だ、って……イリアが」
 杏珠の声は掠れていた。
 自分の歯で喰いしめた唇は、切れて血が滲んでいる。喘ぐような呼吸を繰り返しながら、ようやく言葉を紡ぐ。
「暖かく、なった……でしょ……」





 イリアの左側の頬が苦しげに歪む。
 包帯を外した瞬間から冷たい大理石のように表情を失った左の赤い眸は、呑み込むように杏珠を見つめる。
 喉の奥から絞りだすような声が言う。
「お前……何を……」
 くちづけせんばかりに顔を近づけられると、饐えた臭いがいっそう濃くなる。
 その臭いを思いっ切り吸い込んで杏珠は、むせ返った。
 咳き込み身じろぎすると、内壁が擦りあげられる。その痛みにのたうちまわる杏珠の身体をよりいっそう強い力でイリアは押さえこんだ。
 組み敷かれたまま、じっとしていると挿入直後の激しい痛みがわずかに薄らぐ。

「あ、たためて……あげたかったの。イリア……冷たくて、辛そうだった、から」
 深くつながった部分が脈を打つように疼く。
 微かにイリアの口角が上がったような気がした。
「……馬鹿か」

 そう言うとイリアは、杏珠の中から離れて行こうとする。
 呆れられたのか。蔑まれたのか。
 あれほど嬉しかった気持ちが、急に萎んでいく。
 やっと……繋がり合えたと思ったのに……。






 今さらながら、気がついた。
 自分の中を貫くものさえも、イリアの温もりはない。火傷するような熱さは、乱暴にされて傷つけられた内奥の痛みにすぎない。

「……いや。放さないで……!」
 あわてて杏珠は、イリアの硬い大腿に腰を擦りつけようとして目を剥いた。
「あぐ……っ!」
 無理な動き方をしたせいで、さらに内襞に裂傷をつくったのかもしれない。
 おさまりかけたはずの痛みが、いっそうひどくなる。脂汗が全身から噴き出す。
 広げた傷口に、自分で塩を塗ったようなものだと思った。
 己の馬鹿さ加減に泣けてきそうだ。



 不意にイリアは無言のまま、黒く爛れた自らの顔を手にあてた。
 どろりとした膿が手から零れる。
「あ、あっ!」
 あわてて杏珠は、イリアの腕を押さえた。
 こんなに膿んでいるのに、触ったりしたら傷がひどくなる。
「痛むの。痛いのね。イリア?」
 傷に触れないように、それでも杏珠はイリアの顔に手を伸ばす。
 膿爛れた顔……ただただ恐ろしいばかりで、自分のことばかり考えていて、彼の痛みを判ってあげられなかった。
 初めてヴァチカンで逢ったときから、知っていたはずだ。
 彼は、とてもその容貌を気にしていた。人に好かれる顔ではないとさえ言っていたのに。



「イリア。傷を洗ってあげる……だから、もう」
 必死で男の厚い胸板にすがりながら杏珠が訴えるのを、イリアは薄く笑う。
 溢れる膿をすくいとり、それを無造作に杏珠の首になすりつけた。
 突然のことに杏珠は、悲鳴を上げそうになる。
 生温かい感触と、肉の腐ったような臭いがあたりを満たす。
 イリアは、何をしたいのだろう。
 生理的な嫌悪感に身震いしながら杏珠は、おとなしくされるままになっていた。
 首筋から乳房に、ぶよぶよとした膿が塗り広げられる。黒い中に血のような色が混じり凄まじい臭いがいっそう濃くなる。
 乳房のふくらみを包むようにして、揉みしだかれ穢されていく。
 叫びだしたいほどに、おぞましい感触だった。
 粘つく黒っぽい血と膿は、吐き気をもよおすほどの臭いがする。
 その臭気に耐えかねて杏珠は、口を開けて荒い呼吸を繰り返した。
 イリアの指が、ぬめぬめと滑り、絞り上げるように乳房を乱暴にこね回す。
 塗りたくられた膿の中に、つんと尖った自分の乳首が見えた。
 こんなときでさえ、物欲しげな自分の身体の反応が哀しくなってくる。

 今も身体が足の間が熱い。無理やりに押し広げられてイリアの形になった場所が、ずくずくと疼いている。
 まるで破瓜の痛みのような熱さ。
 身体が、二つに裂けてしまいそうなほど苦しいのに、このままでも構わないとさえ思う。
「やあっ」
 思わず声をあげてしまった。
 拒絶したいわけではない。
「あ、違……う、の」
 あわてて言ったが、彼はどう思ったのだろう。
 本当に、いやではなかった。

 硬く勃ちあがった先端を摘み上げられる。
 冷たい指先が、爪をたてて捩じりこむ。
「い、痛ぁ……あぅ」
「痛いだけではないだろう」
 意地悪く詰られると、胸から臍の下まで、微弱な電流が走るように身体の中心が疼く。
 痛みと快感は、まるで一本の縄を縒り合せているかのようだ。
 怖くて、痛いはずなのに身体の芯が火照る。

 やがてイリアは、じれたように杏珠の首に膿だらけの指先を絡ませた。
 男の手に、杏珠の首はすっぽりと収まるほど細い。
 力を入れられれば、そのまま縊られる。

 かまわない。
 このまま殺されても、イリアになら……いい。





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