【一部、暴力的・グロテスクな描写があります】

 思わず息を呑んだ。
 声も出ない。
 切れ上がったきつい眼差し。頬から顎にかけての美しい曲線。
 だが、それは左の顔だ。
 もう片方の顔は、惨かった。
 顔の表皮というものが、右半分にはない。
 捲れ上がった肉が腐ったように溶け崩れている。どす黒く焼け爛れて、じくじくと血と膿が染み出す。
 なまじ、残りの顔が美しいだけに、その姿は凄惨で痛ましかった。
 焼け溶けた半分の顔。どろどろとした粘着質な膿がへばりつく包帯をイリアは、無理やりむしり取った。
 筋肉と白い骨がわずかに露出している。それ以上に、むき出しになった眼球が今にも零れ落ちそうになっていた。
 かろうじて眼窩に収まっているだけの代物に、果たして視力があるのか。
 白く濁ったそれは、まるでそのもの自体に意志があるように、杏珠を見据えた。
 これが本当に、あのイリアだろうか。
 ベルニーニの天使像のようだった。艶めかしいほどの美貌。だが、大理石のように冷たい。
 その身に触れることさえ、ためらわれるような……。
 長い金の髪と、左側の美貌はそのままに、半分だけがおぞましい化け物のようだ。焼け爛れた肉は、腐り膿が溢れている。
 焚き染められた香でもってしても、包帯から解放された腐臭は、もはや隠しようがない。
 包帯から、溶けた肉が膿とともにずるりと落ちる。
 吐き気をもよおすほどの花の腐ったような甘ったるい臭いが鼻をつく。
 杏珠の目は凍りついたように、そこから目が離せない。脳は痺れ、驚愕に総毛だつ。
 美しい顔と腐り果て崩れた見るもおぞましい顔の両方を、ただ凝視していた。



「俺のそばがよいか。この膿爛れた顔を見ても、お前はそう言うのか」
 形のよい唇がゆっくりと動く。
 膿汁が流れ、イリアの唇を黒く染める。
 声は確かに、彼のものだ。
 低く蠱惑的なその声も、生きながら腐った肉塊も、すべてはイリアそのものだった。

 杏珠の喉から空気が漏れるような音がした。
 叫ぼうとして、無理やり押し込めたせいだ。
 こめかみが痛くなるほど脈が激しくなる。
 ゆっくりとイリアは、杏珠の上に覆いかぶさってきた。身動きもできない。
 おぞましいほどに腐敗し、どす黒い肉にまみれた眼球。切れ上がった艶やかな……もうひとつの赤い眼。
 まったく異質の、ぞっとするほど冷たい双眸が杏珠の前にあった。

「この俺が欲しいと言ったな。ならばくれてやろう」
 キャソックを着たままイリアは、杏珠の中に入ってきた。
 焼け火箸を差し込まれたような、熱さがくる。
「ぅああ……っ、あ、は……ぁっ!」
 滴るほどに濡れていてさえ、呼吸が止まりそうなほど苦しい。
 屹立した滾りで貫かれ杏珠は、絶叫した。
 自分の中の形が変わっていくのを感じる。抉られ、形も柔らかさも、イリアのものに造りかえられてしまう。
 秘裂をかきわけ、膣壁を押し広げられて飲み込んでいく。
 悲鳴を止めようと、拳を口に当てたが、どうにも止めることができない。



「来るか。地獄の底へ」
 遠くで、イリアの声が誘いかけるように囁く。
 今までとは比べものにならないほどの質量を埋め込まれる。
「くぁ……あっ、はう!」
 答える余裕などない。突然の苦痛と恐怖が杏珠の中で逆巻いていた。
 最奥を突き上げられ杏珠は、仰け反って叫ぶ。
 骨がきしむ。
 粘膜がこそげ落とされるような鋭い痛み。
 先ほどの十字架などくらべものにならない圧迫感。そこから裂けてしまいそうな切実な恐怖。
 結合部から愛液が溢れ、ぐちゅぐちゅと淫らな音が響く。


 このまま気を失ってしまえれば、どんなに楽だろうか。
 そう思いながらも、必死に意識をつなぎとめようとする。
 朦朧としたまま杏珠は、手を伸ばす。
 その先にイリアの顔があった。ほっそりとした頬。形のよい鼻梁。切れ上がったきつい眦。金茶の眉。蜜のように濃い金髪に縁どられた美貌。
 醜く腐り果てた肉とにじみ出る膿にまみれた醜怪な顔と、同じ顔が美しければ美しいだけ、いっそう見るに堪えぬおぞましいものにしている。

 もう嫌だ。助けて……!

 そう叫びたかった。でも、それを口にしてはいけない。
 杏珠は、歯を食いしばって貫かれる痛みに耐えた。
 鋭い痛みに身体がのけぞってしまう。のけぞりながらも貫かれ続ける。声が……。
 自分の声が止められない。
「んあぁっ……あっ……やぁあぁっ!」
 乱暴に突き上げられながらも、無意識のうちに腰が揺れてしまう。
 腹の底に響く衝撃と感触に杏珠は、悶えた。
 敷布には、杏珠の内奥から溢れたものが滴るほどに染み込んでいく。
 血液も混じっていたかもしれない。
 頭の中はイリアの凄惨に腐り果てた異相への恐怖よりも、今にも全身が二つに切り裂かれてしまいそうなほどの苦痛への恐怖が上回る。
 それでいながら、同時に襲ってくる強い快感に身悶えした。



「あっ、はぁあああ!」
 ケモノじみた鳴き声が、帳を下ろした寝台の中で響く。
 貫かれ、腹の奥に響く衝撃と感触。
 杏珠の意思とは無関係に、柔らかな内襞が収縮してより深くイリアを導く。
 乱暴に扱われることで内部を傷つけまいとして、身体はより潤いを増す。受け入れるために、分泌された大量の愛液が飛び散らんばかりに溢れた。
 穢らわしくも粘りのある水音が、ぶつかり合う肉の弾ける音に重なる。
 粘液は泡立ち、貫かれてめくれ上がった肉襞から滴った。
 つながった部分だけが熱い。
 そこから、狂おしい極地に向かって緊張が高まっていく。
 自分自身がボロ布になったように感じながら、それらすべての音が遠い世界のような気がした。
 杏珠の世界はただ、昏く赤かった。

 ――血の色……イリアの眸と同じだ。





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