もしかしたら、悲しいのは自分自身なのかもしれない。
 彼の眼を通して自分を映しているだけなのだとしたら、そこに愛情があったと感じていたのは……自分の願望だったのか。
 だが、そんな思考を吹き飛ばすように、鋭い刺激が襲う。
 固いものが身体の奥で擦りあげられる。
 容赦のない力で出し入れされるそれが、杏珠の中を傷つけ、血を滲ませた。
「やだぁぁあ、あぅ……ああっ」
 痛みよりも恐怖のほうが大きい。
 自分の身体の奥に突き入れられるものが何か判らないだけに、想像だけが膨らむ。
 固く尖った異物を、まるで刃物のように感じて杏珠は、狂ったように首を横に振った。
 足の間から二つに裂かれて、このまま切り刻まれてしまう。
 それでいて、耳をふさぎたくなるような粘った水音が途切れることなく響く。
 嬲られ、涙を流す。それでも喉からほとばしるのは、快楽の声だった。

 股関節が外れそうなほど広げられた両足は、がくがくと震えた。
 痛いほど固くしこった乳首も放っておかれず、冷たい指がすり潰す。
「……ひぅっ……っ……」
 傷つけられる痛みと、痺れるような甘さが背中からぞくぞくと這い上がってくる。
 自分の身体が自分のものではないようで、気が遠くなりそうだ。
「あぅ、はぁうっ、ん、くぅ……」
 ローマンカラーを外しただけの聖職者の前で杏珠は、あられもない姿のまま嬌声をあげ続けていた。
 快感も苦痛もないまぜになって、このまま壊れてしまうのかもしれない。
 どれほど手酷く扱われても、もはやどうしようもない。
 蟻地獄に堕ちた小さな虫。狩人に捕らわれ皮を剥がれたケモノ。
 それが今の杏珠だった。





 くぷっと、卑猥な水音がして中のものが引き抜かれる。
 同時に、はっきりと自分のものだと判る生ぬるいものが、溢れて内腿を伝う。
 目の前につきだされたのは、血と粘液に塗れたロザリオだった。
 昂ぶって熱を帯びた身体が、すうっと冷えていくのが判る。
 イリアの持つそれは、ただのアクセサリーとしての十字架ではない。
 ロザリオは、大小のいくつもの珠とメダイを連ねており、珠を一つずつ繰って祈りを捧げる。仏教徒でいう数珠のようなものだった。
 敬虔なクリスチャンでない杏珠でさえ、己の涜神に眼を背けたくなる。
 かつて、ヴァチカンで見た信者たちのイリアへ尊崇するのを目の当たりにしていた。
 彼の足もとに跪いた老婆。恭しく彼の手を押し抱く者。
 あれらはいったい何だったのだろうか。まるで怪しげな新興宗教の教祖のような扱いだった。
 けれど、そこは狭いコミュニティではない。ローマ教皇庁によって統治され全カトリック教会に対して強い影響力をおよぼす世界最小の独立国だ。



 イリアが低く嗤った。
「この俺が欲しいと言うなら、ロザリオくらいで泣くな」
 底冷えのするような冷たいその声が、たとえようもなく惨めで悲しかった。
 まるで玩具のように扱われている自分の存在を改めて感じさせられる。
 彼にとって自分を讃え崇める人々は、何の価値もないのだろうか。
 あれほど心酔していた人々に対して、いつも彼は優しく微笑んでいたのではないか。
 だが、杏珠は知っていたはずだ。
 金色の睫毛を伏せたその下にある赤い双眸が、いかに冷たいか。
 恥ずかしさと辛さに杏珠は、顔をそむけようとするが、イリアはそれを許さない。
 顎を捕えられそのまま上を向かされると、冷たい唇の感触がくる。氷のような冷たさ。わずかに唇を開くと、ざらりとした舌が割り込んできた。
 冷たい唇とは裏腹に熱いイリアの舌が、杏珠の舌を求めて絡める。歯列をなぞり、口腔をじっくりと撫でられた。
 求められていると思うとそれだけで幸せになる。
 たとえそれが一瞬のものでも構わない。どれほど手荒く扱われようと、今まさにこの瞬間、彼に抱かれているのは、真実なのだ。
 何度も角度をかえ、唇を吸われる。
 深いくちづけをしながら、首筋や髪を撫でられていると、羞恥や恐れよりも恍惚感で全身の力が抜けてしまいそうだった。
 唾液の混じりあう音が、くちゅっと聞こえた。今さらながら、杏珠は恥ずかしさに身じろぎした。
 イリアは、許してくれない。
 いっそうくちづけは深くなり、イリアの唾液が流し込まれる。それを杏珠がこくんと飲み込むのを確認すると彼は、ようやく唇を離した。



「よく眼を開けて見ろ」
 そう耳もとで囁く彼の全身から、奇妙な気配を感じる。
 恐ろしく禍々しい。夜の底から湧いてくるような得体のしれぬ気味の悪さだった。
 原初的な本能から感じる恐怖。産毛が総毛立つ。
 それでも、イリアの言葉に逆らえるはずもない。
 杏珠は、彼の人とも思えぬほど美しい顔を見上げた。
 その隻眼には、奇妙な嘲弄と、寒気のするような皮肉が漂っている。
 黄泉こうせんの底に住む長虫を目の当たりにしたようなおぞましさ。言いようのない嫌悪と蠱惑が混じりあう。

「お前の眼の前にいる男が何者かを」
 すぐには、言われた意味が判らなかった。
 目の前にあるのは、変わらぬ美貌であった。
 ただ、それは左側だけしか見えない。右側は、包帯で隠されていた。
 その包帯にイリアは手をかけた。
「な、にするの……」
 止めようとした手を押さえこまれる。
 イリアは自らの顔を覆った白い包帯を引きむしる。長い木綿の布がゆるむのを手荒く解く。
 金の髪がそのほっそりした顔にまつわり、ゆっくりと杏珠に見せつけるようにして右手でかきあげた。





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