男は、かまわず責め続ける。
「ここを吸われたのか。これは……また違う者のようだな」
 イドリースは乳房を揉みしだきながら、杏珠の耳許で囁く。
「誰にされたか。申してみよ」
 熱い吐息に身体が震えた。
 唇を噛んだまま、必死で相手を睨みつける。
 まるで杏珠の抵抗を面白がるようにイドリースは、耳に舌を差し込んできた。
「あっ……あぁ……いやぁ!」
「あれの姿を奪った咎を購わせようとしたが、罰にもならぬな。この淫乱が」
 迦陵が噛んだ痕を、今度はイリアと同じ顔をした男が指先でなぞる。
 ぷっくりと膨らんで立ち上がった乳首を指でつまみ捩じるように押し潰す。痛みよりもじれったさに、身悶えする。
「はぁ、うんっ……やぁっ」
 違う。気持ちいいわけがない。
 こんなやつが触っているのだ。イリアじゃない……違う。
 杏珠は、また唇を強く噛んだ。ぶつっと鈍い音がして下唇の肉を噛み切ったのだと気づく。
 痛みに、少しだけ頭の中の霧が薄らぐような気がした。



 噛み切った唇から、血の味が染み出る。
 柔らかい肉に歯が食い込むが、それでも止めなかった。
 鬱血の残る双の乳房をむき出しにして、スカートをたくし上げられ下半身は、ストッキングとショーツだけという間の抜けた格好。
 露わにされた下着は色が変わるほどぐっしょりと濡れている。
 屈辱的だった。
 この状況にありながら……なんて……。
 大声で叫んで、泣き喚くことができるのなら、まだましだったかもしれない。

「この期に及んで何を我慢する必要があるのか。すでになれの身は、これほどに悦んでおるのに」
 低い声が囁く。杏珠は必死で考える。
 考えるのを止めた瞬間から、欲望の炎に骨も残らぬまで焼かれてしまう。
 このまま流されて、この男に狂わされてしまうなら、もうあたしは、あたしでいられなくなる。

 男の手に翻弄され蕩けそうになっている自分と、冷静に今の状況を見下ろしている自分がいる。
 まるでこの身が二つに裂けてしまったような感覚だった。
「まだ足りぬか。ならば直接、触ってやろう」
 イドリースの声に、もはや嫌悪より期待を感じてしまう。そんな自分に虫唾が走る。
 イリアにしか触れられたくない。
 例え彼がどんなに酷い人でも、イリアでなくては……。
 ――いやだ。

 ショーツがストキングごと引き下ろされ、濡れに濡れたその部分が外気に触れた。
 内腿を擦り合わせるようにして足を閉じようとするが、男の手はたわいなくぬめった隙間に潜り込む。
 潤みきった秘裂を指先が撫でる。淫靡な水音が聞こえた。
「んっ…………ひ……あぁっ……!」
 粘液が大腿を伝わっていく感触。
 襞にそって指先がわずかに動かされただけで、奥からどくっと溢れてくるのが判る。その事実が死ぬほど恥ずかしい。

 痺れるような感覚が、脳髄を溶かしていく。
 縛られているわけでもないのに、身動きができない。
 イドリースの唇は、首筋を這って、強く吸い上げる。
「ぅ……くっ!」
 見知らぬ男にいいように翻弄される惨めさと情けなさ。
 それでいて自虐的な気分がさらに官能を呼んだ。
 あのワインのせいだ。あるいは、この男の顔がイリアと同じせいかもしれない。
 そうでなくては、どうしてこの男の手がこれほどに心地よく感じるのか。
 ほっそりとした指先が、包皮を剥きあげて、愛撫を待ちかねるように立ち上がった突起を捏ねる。
「いぃ、いやぁあ、あ、あぁあぁ!!!」
 耐えがたい声が、咽喉の奥からほとばしった。
 電流を流されたように、背中が仰け反る。
 頭の中が真っ白になりそうな感覚に、杏珠は深く唇をかみ締めた。
 痛みと、噛むという行為にそのものに神経が集中する。
「ふっ、強情な」
 イドリースの端正な面差しが歪んで見える。
 彼は笑っていた。
 その眼は恐ろしいほどに冴えており、暗い洞窟のようだ。
「なるほど。この器は“なりそこない”ではないのか」
 のしかかる男の身体を押し返そうとするが、両手は思い通りに動かず、そばのワイングラスにあたる。
 グラスは床に叩きつけられて割れた。赤い酒が血のようにあたりに飛び散る。

「んあぁっ……やぁあぁっ!」
 さらにイドリースの指が、身体の奥深くに潜り込んでくる。
 爪先を沈めたあたりで、ぐちゅんと音をたてるようにしてかき回す。
「あんっ……はぁぅんっ」
 浅く出し入れを繰り返され、焦らされる快感に浅ましく腰が揺れてしまう。
 上から覗きこむ無機質な灰色の双眸に呑み込まれそうだ。


「遊びはこれくらいにしておこうか」
 上着を脱ぐ衣擦れの音。ベルトを外す気配。その金属の触れる音にさえ、興奮してしまっている。
 熱く硬いものが押し付けられるのが判った。
「……やぁっ……あ……!」
 先ほどまで指で弄られた場所に、それはあてがわれた。
 決してイリアがくれなかったもの。
 ただイリアと同じくこの男も、自身の着衣を乱すことはなかった。
 まるで遊ぶようにして先端が襞の間を滑らせる。勃ちあがった花芽が擦りあげられた。ちゅぷっ……と、ねばった水音が耳に響く。
 自分の意志とは関係なく身体が、びくびくと痙攣した。
「あぁぁっ……はぁっ……んあっ!」
 視界が白く霞んでくる。
「い、……いゃ。やだぁあっ!!」
 必死であの血のように赤い隻眼を思い出しながら、分裂しようとする精神を繋ぎ止めようとした。
 このまま、思い通りになんてならない。
 そう思いながらも身体は、快感を貪るかのようにイドリースを受け入れようとしている。



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