「ふぅ……ふぁぅ……はぁぅ……」
 もっと……。もっとその奥のむず痒いところを擦って欲しい。
 じゅわっと、身体の中心が潤むのが自分で判る。
 熱くてたまらない。早く……早く、ここを触って。
「いやぁ…………だ…だめ……! はあぁっ!」
 もどかしく内腿をよじり、荒い呼吸を繰り返した。
 思わず洩れた自分のものとも思えぬほどいやらしい声。

 なんということだろう。
 杏珠は、唇を噛み締めた。
 今、自分は何を考えていたのか。
 触って欲しい?
 この誰とも知らぬ男に……イリアじゃない。同じ顔をしていてもまったく違う相手に。
 もしかしたら、自分は恐ろしいほど淫蕩な人間になってしまったのか。
 まるで深い悪い夢の中に誘い込まれたかのようだ。
 頭の中で霞みがかかったように、ぼうっとしている。



「……な、何を入れたの……」
 舌がもつれて、声がでない。
「毒ではない。先ほど言ったはずだ」
 よく通る穏やかな声が、甘い花粉のように耳の底へ纏いつく。
 イリアとは違う声。
 イリアではないのに……これは……これは誰……。

 考えるのがだんだん、面倒になってくる。
 気だるい倦怠と、身体の内奥がもどかしく求めるものに任せてしまえば、楽になれるかもしれない。
 杏珠の知らない大きな硬い手が、望むものを与えてくれようとしている。
 大腿を触れる手が少しずつ上へと向かい、ショーツのクロッチ部分に触れた。
 じっとりと水を吸った布とストッキングのナイロンの上を、指先が撫でる。
 縦の筋をゆっくりと辿っていく。
「……はぁ……んっ」
 そうじゃない。それじゃ……物足りない。もっと、もっと深く……強く。
「布越しでもはっきりと形が判る。これほど濡らしておいて、何を今さら怯えるのか」
 見られている。触られている。イリアではない男に……!
 そう思っただけで、体中に火がついたようだ。
「あ……あ、……いや……や、やめて…やめて、ください」
「いやだと? では、これはどうだ」
 役に立たない布地を引っ張られた。淫唇に布が食い込みもっとも敏感になった部分をこすりあげられる。
「ぁくうっ!」
 疼くような陶酔。緊張が高まり、杏珠は喘ぐような呼吸を繰り返す。
 イリア。イリア……助けて、いや……助けて。

 唇を噛みしめ、大きく息を吸い込むと、鼻腔に妖しげな香が忍び込む。
 以前に感じた彼のものとは違う。甘ったるいような息が詰まりそうなほど強い匂い。
 イリアとよく似たそれでいてまるで違う手は、杏珠の心と身体を乱暴で荒々しくかき乱す。
 うっすらと眼を開けると、不思議な色合いをたたえる灰色の双眸があった。
 するどく切れ上がった双眸は、凍えるほど冷たい。
 近々と見据えられて、魂ごと吸い取られてしまいそう。
 吐息さえも甘く感じる。
 必死で閉じた唇に押し込められる生温かい舌先。割り込ませるように食いしばる歯列をなぞられて、杏珠は総毛だった。
 夢中で顔を背けると、イドリースは杏珠の顎の輪郭に唇這わせ、耳を噛む。

「や、やめ……やめてぇ……」
 呂律の回らない舌が、言葉にならないまま、声を押し出す。
 繰り返しイリアの名を呼ぶが答える者などない。
「午餐は汝だ。われをもてなせ」
 優位に立つ余裕のある声が囁く。
 耳もとを掠めるイリアとはまるで違う伸びやかな透明感のある声に、心臓が潰されそうな心地に陥る。
 違う。イリアじゃない。
 イリアの声はもっと低い。声音の低さが耳に沁み込んでくるような……。
 どうして、どうしてイリアではないの。
 イリアは、本当にあたしを捨てたの?
 泣きそうになりながら杏珠は、ひたすらイリアを呼んだ。
 なぜ、自分はイリアを呼ぶのだろう。
 助けなどないのに……。

 そうだ。イリアだけじゃない。誰も助けてくれない。
 今も会社に売られたんだ。
 ……あたしは、不要なニンゲンだから……。
 誰からも必要とされていないから。
 だから、こうやって、弄ばれるだけの存在なんだ。

 イドリースの手がブラウスのタイを解き、ボタンを外し侵入する。キャミソールの上から触れられただけで、身体が震え上がった。
 叫びたいのに、声がでない。
「ふぅ……ふぁぅ……はぁぅ……」
 拒絶したい思いとは反対に、咽喉の奥からかすれた声が洩れる。
「あっ……あ……いやぁ……あぁっ」
 まるで自分の声ではないようだ。
 どこか遠くで、聞こえる別の誰かの声。物欲しげな、いやらしい女の……。

「よい声で啼くことよな。“なりそこない”が」
 ナリソコナイ?
「……な、なんで……こんな……!」
「なぜかと訊くか?」
 吐息が熱い。
 耳朶を食べられているかのように、噛まれる。
 吹き込まれる吐息に、疼くような肉のざわめきを感じる。
「汝があれを変えた。かつて、あれはわれと一体であったはずなのに……汝ゆえにあれは変わった。この世のことわりを覆すほどに」
 イドリースの手が下着の中に潜り込む。
 強く乳房を掴まれて、杏珠の身体が跳ね上がった。
「あっ、くぅ……っ」
 スカートのファスナーを下ろす音が聞こえ、そのまま引き下ろされる。完全にブラウスの前身ごろは左右に広げられた。
 下着は押し上げられて、乳房がむき出しになる。
 左の乳首には、夕べ迦陵が残した噛み傷と、くちづけの痕が生々しく残っていた。
 繊細な指先が硬くそそり立った乳首を摘みあげる。
「い、痛ぃ……あっ……あぅ、ん」
 指先ですり潰される乳首の痛みが快感に直結して、杏珠は声をあげた。



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