鋭い痛みが胸にきた。
 無理やり広げられた胸もとに噛みつくようなくちづけをされたからだ。
 あわてて身をよじるが迦陵は、許さない。
 いっそう強く抱きしめる。骨が折れるかと思うほどの力だ。
「これを残した男は、そんなによかったか。どうやら首筋やここだけじゃなさそうだね。もうちょっと調べてみないと」
 そう言いながら迦陵は、さらにブラウスの襟を乱暴に押し開いた。ボタンがひとつ弾き飛んだ。
 白いサテンの下着が玄関灯の下であらわになる。
「ひっ」
 息を呑む杏珠に構うことなく迦陵は下着をずらす。胸の膨らみが揺れるようにこぼれた。
 隠そうにも両手はまとめて、腰のあたりで押さえつけられたまま動けない。
 華奢な迦陵のどこにこんな力があったのか。必死で抵抗するがたやすく片手で押さえ込まれる。
 涙が止まらない。声をあげることもできなかった。
「や……止めて……!」
 万が一にも近所の誰かが、この事態を見たら……そう思うと、羞恥よりも明確な恐怖が迫ってくる。
 肌はそそけ立つ。寒さのためだけではない。
 先端は硬くとがっていた。
 そこへ迦陵が顔を傾けるようにしてくちづける。
 生あたたかい濡れた感触に杏珠は、唇をかみ締めて耐えた。
 しこった乳首を啄ばみ、ぴちゃぴちゃと音を立てて嘗め回す。
 逃げることも助けを求めることもできず杏珠は、されるままに身をこわばらせた。
 オレンジ色の外灯の下で、胸だけを露出した姿で立ち尽くす自分がいかにも滑稽だった。
「や、止めなさい。今、止めたら誰にも言わないから」
 きっと泣き笑いみたいな奇妙な表情をしているに違いない。
 情けないほど声が震えている。
「これ以上のことはしないから安心しろよ。ここ玄関だろ」
 迦陵は、にっこりと微笑んだ。
 その笑顔がいつも通りの優しい穏やかな弟のものと同じであることが、杏珠にはいっそう恐ろしかった。
「この時間だし、誰も見てないとは思うけど、杏珠ちゃんのこの格好を人に見られるのは俺の本意じゃない」
 自分で乱した下着を迦陵は、手際よく戻す。
 ブラウスの残ったボタンを留めるために杏珠の手を放した。

「じょ、冗談にしちゃ、たちが悪すぎるよ」
 杏珠は、ブラウスの襟を手で押え、ほとんどすがるような思いで言った。
 もしこれが冗談だと迦陵が答えれば、笑って済まそう。
 そうしたらいつも通りの生活に戻れる。
 年頃の男の子は性には敏感だ。姉の無神経な行動がいけなかったのだ。配慮が足りなかった。
 これからは、もっと気をつければ……。
 虚しいほど前向きに考えて杏珠は、わずかでも迦陵から離れようとして後ずさりした。

「冗談でこんなことできると思う?」
 微笑みを崩さないまま迦陵は、距離を取ろうとする杏珠の腕を引っ張った。
「俺はこれでも、自分の克己心に自信があったんだけどね。これには驚いたよ。まったく目が離せない」
 服の上から、鬱血の痕を指で押える。
 ちょうど杏珠の左胸の上で、その下では心臓が今にも破けそうなほど強く脈打っていた。
 迦陵は手を広げ、杏珠の胸を包みこむようにして触れる。
「杏珠ちゃんが悪いんだぜ。俺の知らない男とこんなことしているなんてね」
 いきなり握り潰すように乳房を揉まれて杏珠は呻いた。
「痛い? でも、仕方がない。これは罰だよ」
 迦陵は、皮肉げな微笑を浮かべる。
 外灯の光を映して、眼が赤く光った。
「罰……あたしが何をしたの。あんたに何をしたって言うのよ」
「俺を忘れたからだよ」
「なんで……忘れるはずないじゃない」
「忘れていたろう。だから他の男に抱かれたんだ」
「どうして、そうなるのよ。意味が判らない」
「判らないなら考えろよ。俺はずっと好きだったんだ。今も愛してる。誰にも渡したくない」
 畳み掛けるように弟は言う。
 その声があまりに大きく周囲に聞こえるのではないと杏珠は焦った。
 迦陵は、杏珠の手首をつかんで引き寄せる。
 つかまれた腕の痛みに、思わず顔を顰めた。
「余裕があるね。姉さん。弟にこんなことされているってのに」
「あんたの気持ちは判った。だから放して、家に帰ろうよ」
「嘘つき」
 そう言って迦陵は、杏珠の手首の内側にぎりっと爪を立てた。
「痛い!」
「痛いだろうね」
 平然と答える弟を見上げて杏珠は、胸が苦しくなった。
 すべての感情をなくした顔がそこにある。何がこの子をここまで追い詰めたのだろう。
「杏珠ちゃんは、ちょっとしたことですぐ痕が残るよな。虫刺されとか打ち身とか、肌が白いからかもな」
「ま、まさか……衣蕗にも……衣蕗に、こんなことしたの」
「しないよ。杏珠ちゃんだけだよ。俺がこうしたいのは」
 爪でえぐった手首の傷に迦陵は唇を寄せる。
 とっさに手を引こうとしたが、びくとも動かない。
 血の滲む傷の上に温かい舌が這う。
 鈍い痛みが疼く。
 その痛みに、これが夢ではないのだと思い知らされる。



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