この行為に、“生殖”以外に意味をもつのはヒトだけではない。
 動物たちでさえ、それを目的としない交尾、あるいは自慰をする。
 異性愛だけではなく、同性愛すら人間特有のものではない。
 ただ、肉欲を知らぬ動物はいないが、これを純化するのはヒトだけである。

 ヒトは、アダマの埃から創られた。
 触れるだけで、崩れそうなほど脆い存在だ。

 それゆえに心惹かれたのか。愛したのだろうか。
 愛するにも限度の掟がある。
 それを破れば罰を受けなければならない。










「主よ。どうか、そのような者にお構いくださるな」
 白い僧衣アルバに豪奢な祭服ダルマティカをまとったミカエルは、細い声でそう言った。
 不自由な足を庇い、侍童の肩につかまって小柄な身体を支えている。
 幼い侍童は、目の前の光景から目を逸らすように、ひたすら床だけを見ていた。
 あるかなきかの微かな女の匂いが、妙に生々しくミカエルの鼻をつく。
 イリアの膝にいる娘は、まるで壊れた人形のようだった。
 いっそ、本物の人形ならば、こんな腐臭を放つこともないだろうに。
 肉体は、この世に生まれ落ちた瞬間から老いていく。
 百年足らずで、その借り物の肉体は使い物にならなくなり土へ還る。

 これ見よがしに襟もとを大きく開き下着は、ずらされて双の乳房は零れていた。丸い碗を伏せたようだ。
 力なく投げ出された足には、破れたストッキングがまといついていた。
 淫靡な行為の名残とは裏腹に、泣き顔のまま意識を失ったその顔は哀れなほど幼い。
 化粧は涙ですっかり剥げてしまい、双眸は閉じられている。
 その身体はすでに成人したものであるはずなのに、今もこうしてイリアの腕に抱かれる姿が稚いと感じるのはなぜなのか。
 未成熟なその魂ゆえか。



「わざわざヴァチカンから来たのか。ミカエル。アザゼルの腕をへし折ったのも貴様の仕業か」
 怒気を含んだイリアの声に、侍童のほうが今にも泣き出さんばかりに怯えた。あまりに激しく震えるので、杖代わりにしているミカエルの体まで小刻みに揺れている。
 ミカエルは、少しうつむいたまま首を横に振った。細い金の髪が頬にまつわる。
「わたくしではありません」
「では、お前の“主”か」
 忌々しげに、イリアは言った。
 弾かれたように、ミカエルが顔を上げる。
「俺が気づかぬとでも思ったか」
 射るように鋭い眼差しを向けられて、ミカエルは言葉につまった。
 足元がもつれるようにぐらつき、少年があわてて主人を支える。
「お前の“主”はなかなかに我欲が強いとみえるな」
 イリアは、娘を膝に置いたまま着衣を直してやった。先ほどまでの荒々しい行為とはまるで違っている。
 ブラウスのボタンをひとつずつ丁寧に留め直し、皺になった部分を伸ばす。
 髪を梳き、涙に濡れた頬にくちづける。
 あれほど乱暴にあつかいながら、壊れ物をあつかうようでもあり触れることを恐れているようにも見えた。
 そっと抱き上げて、娘を診察用のスチールベッドに寝かせる。
「あれに言っておけ。この子は俺のものだ」
 娘の額を撫でながら、イリアは言った。
 うっすらと汗をかいているのに、娘は小刻みに震えている。どこか故障でもきたしたのだろうか。
 脆弱なのは、この娘の特徴だった。
 だから“できそこない”と呼ばれている。

「何ゆえでございましょう。これはただの欠陥品ではありませんか」
 イリアの機嫌をそこなうことを判っていながら、ミカエルは言わずにいられなかった。
「どこに欠陥がある。たった今、お前にも見せてやっただろう」
「そもそも人間とは不完全なものです。しかし、これは」
「お前たちは“女”というだけで貶める。とくにヴァチカンにはその傾向が強いようだ」
 ミカエルの言葉を遮るように言い捨てると、イリアは背を向けた。
 もはや彼の関心は、娘にしかないようだった。ベッドに横たわる娘から目を離さない。

「いいえ。イシャーイシュの骨の骨。肉の肉から生まれいでたものです」
 侍童の肩においたミカエルの手に力が入る。爪を立てるように強く握られて少年が呻く。
 ミカエルは、かまわず叫んだ。
「これは“女”でさえありません」










 主なる神は言われた。

 ヒトが独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。
 主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり、ヒトのところへ持って来て、ヒトがそれぞれをどう呼ぶか見ておられた。
 ヒトが呼ぶと、それはすべて、生き物の名となった。
 ヒトは、あらゆる家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名を付けたが、自分に合う助ける者は見つけることができなかった。

 主なる神はそこで、ヒトを深い眠りに落とされた。
 ヒトが眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。
 そして、ヒトから抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。
 主なる神が彼女をヒトのところへ連れて来られると、ヒトは言った。
 ついに、これこそ、わたしの骨の骨。わたしの肉の肉。
 これをこそ、イシャーと呼ぼう。
 まさにイシュから取られたものだから。

 こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。
 ヒトと妻は二人とも裸であったが、恥ずかしがりはしなかった。

創世記2:18-25



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