「……よ」
 細い声が聞える。
「……主よ……どうか……」
 強すぎる刺激に、気が遠くなりそうになりながらも、その声ははっきりと聞こえた。
 突然、現れた人の気配に、杏珠は震え上がる。
 まさかと思いながらも、ここが病院の一室であるという事実に、今さらながら杏珠は気づく。
 目を開けた瞬間、すぐそばに見知らぬ人影がふたつあった。
 白い服を着た大人の女だろうか。もう一人は子供のようだった。
 こちらを厭わしげに眉を顰めて見ている。
 まるで汚物を見るかのような、蔑んだ目だ。
 子供は……まだ小さな男の子だった。
 零れそうなほど目を見開いている。
 あまりのことに杏珠は、悲鳴をあげた。
 だが、それは声にすらなっていなかった。空気が喉を通っただけに過ぎない。



 考える暇すら与えられず指がさらに、奥まで深く突き始める。
 のけぞり痙攣しながら杏珠は、むせび泣いた。
「んっ……あ! あ……やぁ……」
 かすれた声で杏珠は叫んだ。
 もはやその声が自分のものとは思えなかった。
 息ができない。
 体が砕けて、粉々になってしまいそうな気がした。
 彼の膝の上で、狂ったように喘ぐ。
 乳房は、荒い呼吸に合わせて揺れ、むき出しの下半身からはイリアの手がかき回す水音が響く。
 大腿を熱い蜜が絶え間なく流れ落ちる。
「……や、やめ……人が……」
「それがどうかしたか。お前は見られるのが好きだろう」
 必死で杏珠は訴えたが、イリアは気にもとめていないようだった。
 彼が歪んでいるのは、今に始まったことではない。
 それでも彼が自分以外の誰かに、この痴態を見せるなどとは考えもしなかった。
 息も止まりそうなほどの絶望感が、喉元までこみ上げてくる。

「どうした。やはり見られているとよいのか。いっそう、きつくなったぞ」
 非情にイリアは言った。
 例え人違いでも愛されていると思ったのは、自分の錯覚だったのか。
 そんなことは初めから判りきっていたことだったのに……たわいなく翻弄され、惨めな姿を晒している。
 イリアは、着衣の乱れもなく恐ろしいほど冷静だ。
 初めての夜からそうだった。
 彼の唇と指先は、杏珠のすべてに触れた。だが、それ以上のことはしていない。
 一度も彼は、身体を繋いだりはしなかった。
 経験の少ない杏珠でさえ、それが異様なことだということぐらい判る。
 判っていながら、認めたくはなかった。
 ただ、嬲られているだけなのだと……。



 愛など、どこにもなかった。
 自分の思い込みにしかすぎない。
 それでも、この状況にあってなお、快感がわきあがってくる。
 とろけきった肉襞をかきまわされながら、浅ましいほど腰を振っているのは他ならぬ自分自身だ。
 貪欲に快楽を貪る姿は淫らで醜い。それを人目に晒しながら止めることができない。
 言いようもない情けなさと、悔しさで杏珠は涙をこぼした。
「何を泣く。これがお前の望みだったのだろう」
 激しく水音をさせながら、イリアの長い指が奥で蠢く。
 身体の中心が痺れていく。
「ああっ!っひ……んん……あぁ……ぅふ」
 腰が、体が人形のようにがくがく揺れる。
 もはや自分の意思ではどうにもならなかった。
 狂おしい極みに昇りつめながら、イリアの名を呼ぶ。助けてと叫んでいた。
 部屋の隅にたたずむ人の気配など、もはやどうでもよかった。
 今は、ただ冷酷で美しい悪魔のような男のことしか考えられない。
 その手によって絶頂に追い上げられながら、杏珠はこの男を欲しいと願った。



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