「そのまま噛め。お前の好きな苺だ」
 言われるままに歯を立てると、果汁と果肉の濃い甘味がじゅわっと広がる。
 よく冷やされた苺の甘味と特有の香りが口いっぱいに溢れた。
 美味しい。
 すきっ腹に、沁みこむような甘さと瑞々しさ。
 夢心地になりそうなほど、甘い。
 けっこう大粒の苺で、噛み応えもしっかりしている。とても新鮮なものらしい。
 まさか、外国でこんな極上の苺にめぐり合えるとは!
 苺一粒に心底、感動してしまっていた。
 我ながら安い女だと思うが、苺は大好物なのだ。

 イリアは、どこから取り出したものか手にオムレツの乗った皿を持っている。
 湯気のたつ、ふかふかのプレーンオムレツだ。
 どこから出したんだ?
 そんな疑問より杏珠は、目の前のオムレツに釘付けになった。
 ゆっくりとイリアがフォークを入れる。
 オムレツは、半熟でとろっと卵が固まりきらずにこぼれた。
 バターのほんのちょっとこげた匂いにいっそう食欲をそそる。
 手を差し出すがイリアは、それを無視してフォークにオムレツを載せて口許へ持ってくる。
 思いっきり顔を顰めて見せたが、イリアは譲る気はなさそうだ。
 躊躇したものの、やはり食欲には勝てない。仕方なく口を開けてしまうとイリアは、すぐに食べさせてくれる。
 トマトソースの酸味と卵の甘味にバターの香ばしさ。とろけるようなオムレツだった。

「美味しい!!!」
 思わず、声が上がってしまう。
 もっと欲しくって、今度はおとなしく口を開けた。すぐに二口目がくる。
 ふわっと広がる卵の甘味。本当に美味しい。
 この男、意外に手並みがよい。介護の仕事もできるんじゃないかと思うほどだ。
 クリームをたっぷりのせたブリオッシュや、さくさくのクロワッサン。
 イリアは手ずから食べさせてくれたが、合間に手ではなく口移しまでされる。これは余計だ。
 頻度としては圧倒的に口移しの方が多い。
 まるで親鳥が雛に餌を与えているようだ。自称父親だからなのか。
 いや、実の親でもこんなことはしない。
 昔ならいざ知らず、現代では、口内菌の感染を気にする親が少なくないだろう。
 どう考えても変だ。
 でも、口移しに応じる自分もかなり変なのかもしれない。
 絞った生のオレンジジュースや、甘みのある赤ワインもやはり口移しだった。
 気持ち悪いと思わない自分の異常さに驚く。それでも空腹だったので、しっかりとデザートまで食べさせられた。

 空腹が満たされると、今の状況を考える余裕が出てきた。
 いったい、ここはどこなんだ。
 ゴージャスな朝食からしても、どこかの一流ホテルかもしれない。
 誰か給仕人がいた気配もなかった。最初に杏珠が眼を覚ましてから、けっこうな時間がたっている。
 それでも、料理は温かなままだった。オムレツは、絶妙のタイミングで提供しなくてはいけないはずなのに……。



 ベッドの上での食事を終えると、口許をナプキンで拭かれる。
 まるで子供の扱いだ。
 払い避けようとしたがその手をつかまれ、くちづけされた。
 こればかりは、子供にするようなキスではない。

 ──あんた、自称父親じゃなかったのか!?

 文句を言ってやりたいがくちづけは、さらに深くなっていく。
 イリアの唇は、冷たいのにくちづけされると熱い。
 唇を割られて舌が入ってきた。火傷しそうなほど熱い。
 歯列をなぞり、口蓋までねっとりと舐め上げられる。
 今、食べたばっかりなのに、そんなことしないで欲しい。
 もっとも、口移しに応じてしまったのだから、気にするほうがおかしいのかもしれない。ただ、どうしても羞恥心が抜けきらないのだ。
 それなのに、彼のざらりとした舌の感触が蕩けそうに気持ちがいい。





「……そんな顔をするな」
「へ?」
「俺の我慢にも限界がある」
「がまん……って、何かしてたの?」
 からかうつもりなどは毛頭なく本気で言ったのにイリアは、眉間に皺を寄せた。
 気に入らなかったらしい。
 杏珠は、慌ててリネンをかき合わせた。
 着るものがないので、ずっとリネンに包まっている状態だった。
 辺りを見回しても着るものがないのだ。下着さえない。
 ホテルならバスローブぐらいあってもよさそうなものだ。
 それより今まで着ていたものはどこへいったのか。
「……服は」
「そのままで、かまわんぞ」
「あたしがかまうのよ」
「なぜだ。可愛いぞ」
 そう言いながらイリアは、布越しに杏珠の胸を鷲づかみにする。
「ふぎゃ」
 思わず、間の抜けた声が出てしまう。
 イリアは、なおも胸を揉みしだきながら、もう片方の手で腰を掴んで引き寄せた。
 その手がリネンの中に潜り込み、腰から臀部、大腿を撫でる。
 イリアの手袋をつけたままの硬い指先に触れられただけで杏珠は、もどかしげに身をよじった。
 大腿を撫で上げ膝裏に腕が差し入れると、そのまま身体が浮く。
 抱き上げられたらしい。あまりに軽々と抱いているので、杏珠自身すぐには気づかなかったほどだ。
「そんなことより、先に風呂に入れてやろう」
「いらないっ!!」
「遠慮するな。この俺が隅々まで洗ってやる」
「絶対に、いやっ!!!」
 必死でもがくが、男の腕から逃れることはできそうにもない。
 着ていたリネンを剥ぎ取られると、もう一糸まとわぬ姿だった。
「いやったら、いやだって!!! 自分で入るから、ほっといて!!!」
 抱きしめられて杏珠は、泣き叫んでいた。



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